約 1,076,760 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/724.html
++第九話 使い魔の決闘③++ 花京院はゆっくりと身体を起こした。 身体の節々が痛む。特に右腕の痛みが酷い。 しかし、立つことはできた。 それを阻止するはずのゴーレムは立ちすくんでいる。 主からの命令が来ず、どうすることもできないのだ。 ギーシュは自分の喉を押さえ、目を白黒させていた。 「どんな気分だ? 自分の中に何かが入っているっていうのは」 「……!」 目を見開き、ギーシュは必死に訴えるが、その声は出ない。 花京院はギーシュからバラを取り上げた。 バラの造花が魔法の杖だったようで、ゴーレムたちは次々と土に戻り、土の山だけが残った。 「さて、僕は考える。これから『お前をどうするか』をな」 「……」 「今、お前の中には僕のスタンドが入っている。僕の意のままに動き、お前を殺すことができる力だ」 花京院の言葉に、ギーシュの顔が青くなる。 「このままお前を操って自分の首を締めさせようか。それとも内側から風穴を空けようか。いっそこのまま内側から破裂させるという考えもある。……しかし、このまま殺すのを決闘とは呼べないな」 スタンドを操作し、ギーシュの右手を差し出させた。 その手のひらにバラを置き、握らせる。 ギーシュは理解不能というように、花京院を見た。 「剣を二本作れ。それ以外に何かしたら殺す」 花京院の本気を感じ取ったようで、ギーシュは身震いした。 恐怖に震えながらも、バラを振る。 すぐ側の地面が盛り上がり、二本の剣が現れた。 ギーシュに剣を握らせてから、距離を取らせた。 互いの距離は三歩ほど。一歩踏み込めば剣が届く程度の距離だ。 「お前は剣を握ったことがないだろうし、戦いの経験も浅いだろう。一方、僕は戦いには慣れているが、身体がもう限界に近い。今の僕とお前なら対等だと思わないか?」 「……」 ギーシュは無言のまま握った剣と花京院の顔を見比べた。 彼の顔には今までの余裕の笑みも、からかいもなかった。真剣勝負への恐怖と、もう一つ別な感情がそこにはあった。 エジプトでDIOの館に乗り込むとき、全員が持っていたもの。 DIOとの最後の戦いのとき、花京院が持っていたものと同じものだ。 力量の差がはっきりしていても、それがあれば戦える。 絶望的な状況でも、それさえあれば希望が見出せる。 それを言葉にするのならば――“勇気”。恐怖を克服する力だ。 ……なかなか、いい顔になってきたじゃないか。 ギーシュは敵であり、ルイズを侮辱した相手に違いはない。しかし、花京院は少しだけ敬意を払うことにした。 目の前に突き刺さった剣の柄頭に手を置き、花京院は高らかに宣言した。 「我が名は花京院典明。我が主、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの誇りのため、そして、傷つけられた二人の少女のため。ギーシュ・ド・グラモン、お前に敗北を味わわせてやる」 ギーシュは震える手で剣を握り、構える。 花京院も左手で剣を掴んだ。 その瞬間、左手に刻まれたルーン文字が輝き出した。 花京院とケンカし、部屋に戻ったルイズは落ち込んでいた。 ベッドの上に仰向けになり、天井を眺めながら呟く。 「なんであんなこと言ったんだろ……」 あの時、魔法について質問され、怒ってしまった。 自分をゼロのルイズだと馬鹿にしているんだと思った。 前の授業でも失敗していたから余計に傷ついてしまった。 でも、あいつは知らなかったんだろう。魔法のことも、たぶん今日始めて知ったはずだ。 自分の知らないことを質問する、そんな当たり前のことを怒ってしまった。 「……はぁ」 ため息ばかりが口から漏れる。 謝りに行こうかとも考えたが、自分のプライドが許してくれない。 使い魔に頭を下げるメイジがどこにいる。使い魔はメイジの下僕。向こうが謝るのが道理というものだろう。 ルイズは起き上がり、腕を組んで考えた。 謝るべきか、謝らないべきか。 悩んだ結果――ルイズは立ち上がった。 「よ、様子を見るだけ。ただ、様子を見に行くだけよ。使い魔の管理はメイジの仕事だからね。それを怠るのはメイジとしてどうかと思うし」 誰に言うでもなく言い訳をして、ルイズは部屋を出た。 その時、目の前を二人の生徒が横切った。 「あのギーシュが決闘? 本当かよ。相手は誰?」 「平民だって聞いたぜ。あのゼロのルイズが召喚した使い魔だって」 「ちょっと待ちなさい!」 思わず、ルイズは呼び止めた。 怪訝な顔で二人は振り返り、ルイズの顔を見て目を見開いた。 そんなことには一切構わずに、ルイズは尋ねる。 「私の使い魔が……なんだって?」 「い、いや、今のは別にお前を馬鹿にしてたわけじゃ……」 ルイズの勢いに気圧され、一人が慌てて弁解しようとする。 「そうじゃない。私の使い魔が、ギーシュと、何をするって?」 「あ、ああ。聞いただけなんだが、どうも決闘するらしいぜ。お前の使い魔とギーシュが」 「……場所は?」 「ヴェストリの広場。ひょっとしたらもう始まってるかも……」 終わりまで待たず、ルイズは走り出していた。 こんなことなら、離れるんじゃなかった。 失態を悔やみ、自分を責める。 メイジと平民では勝負にすらならないだろう。 いくら相手がドットのギーシュだとしても、それは変わらない。 それだけの力の差がメイジと平民にはあるのだ。 初撃で、諦めてくれるならいい。 負けを認めて、すぐに引き下がるならいい。 それなら少しの怪我だけで済む。 でも、あいつはきっとそうしない。 ボロボロになっても、負けを認めないだろう。 たとえ絶対に敵わなくても、戦いを続けるだろう。 きっと、死ぬまでそうするつもりだ。 あの使い魔はそういう奴なのだ。 短い付き合いでも、ルイズにはそれがわかっていた。 だからこそ、急がなければならない。 生意気で、物分りがよさそうなくせに、ここぞというところで意地になる。 主人に従順であるべき使い魔としては失格だが、それでも生きていて欲しい。 ……無事でいなさいよ。 祈りながらルイズはひたすら走った。 To be continued→
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1909.html
いつの間にか気を失ってしまったらしい。間田は仰向けのまま、ゆっくりと目を開けた。 「う・・・・」 眩しい。太陽の光が双眸に突き刺さる。―――太陽? そんなバカな。自分は学校から帰宅する途中だったはず。そんな時間帯に真上を見上げても、日の光に 目を焼かれるようなことはまずない。 今度は直に太陽を見ないように注意しながら、頭を持ち上げる。 視線の先には雲ひとつない青い空が広がり、太陽がさんさんと輝いていた。 「・・・・・ど、どうなってんだ・・・」 慌てて上半身を起こす。すると、身体を支えるため地面についた手のひらに、妙な感触が伝わってきた。 草だ。それもきれいに刈り揃えられた芝生。冷たいアスファルトの上ではなかった。 「・・・・・・・・・・・・・」 右を見る。灰色の壁が目に入った。視線を上にずらすと壁と同じ色の塔が見える。 まるでお城の中にいるようだった。 「杜王町にこんな場所あったっけか?」 今度は左を見る。黒いマントを身につけた妙ちきりんな連中が見えた。 なんだあれ。新興宗教か。しかし時代錯誤な格好してやがるな。 まるでRPGの登場人物がそのまま現実世界に出てきたかのような、古めかしい格好をしている。 あの青い髪の女の子なんて、でけえ杖持ってドラゴンまで従えてるぞ・・・って。 「・・・・・・・ドラゴン!?」 スタンド使いか、と間田は思わず身構えるが、よく見るとドラゴンは『実体』だった。 間違いなく、モノホンの血の通った『生き物』だ。 「ホントに・・・どうなってんだよ?」 そう呟き、頭を抱える。すると、すぐそばで草を踏みしめる音がした。 ―――反射的に正面を見る。 「あんた、誰?」 ド派手な桃色の髪に、鳶色の瞳を持った女の子が間田を見下ろしていた。 「・・・・俺は・・・間田敏和」 「どこの平民?」 「平民だぁ?」 聞きなれない言葉に、間田は思わずオウム返しで答える。 今どき、人のことをそんなエラそーに呼ぶ文化なんてあるんだろうか。 訝しげに女の子を観察していると、いつの間にか周りにいた黒マントの連中のひとりが声をあげた。 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」 誰かがそう言うと、間田を見下ろしている女の子以外の全員がどっと笑う。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」 女の子は振り向き、鈴のようによく通る声で怒鳴る。 「間違ったって、ルイズはいつもそうじゃん!」 「さっすが、ゼロのルイズは言うことが違いますなァ~」 再び爆笑が沸き起こる。 ルイズと呼ばれた女の子はそっちを睨みつけると、人垣に向かって叫んだ。 「ミスタ・コルベール!」 人垣が割れ、ハゲ頭の中年男性が姿を現す。 間田は吹き出しそうになった。彼があんまりな格好をしていたからだ。 手には長い杖を持ち、真っ黒いローブを身に着けている。漫画やゲームに出てくる『魔法使い』そのまんまの格好だった。 その男に向かって、ルイズがお願いします、とかもう一回やらせてください、とか言いながら腕をぶんぶん振っている。 「あの! もう一回召喚させてください!」 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 ミスタ・コルベールと呼ばれた男は首を横に振る。 召喚?なんだそりゃ。ファンタジーやメルヘンじゃないんだから。それとも、この子は頭がカワイソーなことになってるのか。 間田は気味悪げにルイズとコルベールを眺めていたが、しばらくするとルイズががっくりと肩を落とし、こちらに向き直る。 「あんた、感謝しなさいよね。平民が貴族にこんなことされるなんて、ありえないことなんだから」 「はあ? 貴族?」 アホか、と間田は付け足した。中世のヨーロッパじゃあるまいし、今どきそんなものいるわけがない。 間田を無視して、ルイズは諦めたように目を瞑り、手に持った指揮棒のようなものを振る。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 朗々とわけのわからない言葉を並べると、ルイズは座ったままの間田に顔を近づけてくる。 「な、何すんだ」 「いいから・・・じっとしてなさいよ!」 がし、とルイズは間田の頭を押さえ、頭突きするかのような勢いで間田の薄い唇に自らの唇を重ね合わせたッ! ズキュウゥゥゥン、と奇妙な効果音が周囲に鳴り響いたとか鳴り響かなかったとか。 「ん・・・・・・・・」 「・・・・・・・・!?!?!?」 一方、初対面の女の子にいきなりファーストキスを奪われた間田敏和! スタンドも月までブッ飛ぶ衝撃ってやつを、間田は身を持って体感していた。 ああー、でもあったかいッ! そして柔らかいッ! 女の子と手すら繋いだことも無いというのに、いきなりキスとは!! 俺って果報モンだなあ、とか思った直後。 「―――うわっチィィィィィ!?」 「キャアッ!? なっ、何すんのよ!」 突如として間田の左手の甲に、焼きごてを押し付けられたかのような熱さと痛みが走った! 思わずルイズを突き飛ばし、手の甲を押さえてうずくまる。 「ぐぅぅ・・・あ、熱ッ・・・・!」 呻く間田に、ルイズの呆れたような声が届く。 「使い魔のルーンを刻んでるだけよ。すぐ終わるからしばらく我慢してなさい」 「つ、使い、魔ァ?」 痛みは徐々に引いていく。恐る恐る右手をどけると、見たこともない文字が手の甲に刻まれていた。 コルベールが近寄り、呆然としている間田の手を取ってその文字をしげしげと観察する。 「ふむ・・・・・珍しいルーンだな。さて、それじゃあ皆、教室に戻るぞ」 コルベールはそう言うと、ふわりと宙に浮かび上がった。周りにいた黒マント達もそれに続く。 去り際に、黒マントの連中が何人か、ルイズに声を投げかけてきた。 「ルイズ! お前は歩いてこいよ!」 「あいつ、『フライ』はおろか『レビテーション』も使えないんだぜ」 「その平民、あんたにはお似合いよ!」 口々にルイズを馬鹿にした言葉を残し、黒マントたちは塔の高いところにある窓に吸い込まれるように入っていく。 間田はその様子をぽかんと口を開けて見つめていた。 「空、飛びやがった・・・・・・」 スタンドかと思ったがどうも違うようだ。スタンドのヴィジョンはまったく見えないし、何よりあれだけの人数が『空を飛ぶ』という同じ能力を持つスタンドを有しているとは考えられなかった。 自分の知らない未知の能力なのか、それとも―――。 間田は先ほどまでのことを思い返す。コルベールのどこからどう見ても『魔法使い』な格好。ルイズが口走った『召喚』という単語。そして、左手の甲に突如出現したこの妙な文字。 空を飛ぶという事象も、こう考えれば納得が――――。 「・・・・いくわけねーだろ。マンガの読みすぎだな、『魔法を使ってる』なんてよォ~」 頭を振ってこの馬鹿げた考えを断ち切る。起きたばっかりで頭がまともに働かないんだろう、そう考えることにした。 空を飛ぶ謎は結局解明できていないのだが、間田はそんなことはどうでもいいとばかりに立ち上がった。 まずここがどこなのかハッキリさせなくては。連中がどんなヤツらか考えるよりも、まずそっちを確かめる方が重要だ。 そう思い、憮然とした表情で突っ立っているルイズの肩を叩く。 「なあ、ここはどこなんだ?」 ルイズは振り向いた。間田をジト目で見ながら、『なんでこんなのが使い魔なのよ・・・』と呟く。 そして仏頂面を崩さず、不機嫌そうに言った。 「トリステインよ。そしてここはトリステイン魔法学院」 「・・・・・・ハイ?」 ルイズの口から出た言葉に、思わずマヌケ面で聞き返す間田。 魔法学院、と彼女は確かに言った。『まほう』という地名・・・・・ではなさそうだ。 「聞こえなかった? それとも頭脳がマヌケ?」 「・・・・・『まほう』って、まさかあの『魔法』か?」 「あの、って何よ。魔法は魔法でしょ? はぁ、陰気臭いうえにとんでもない田舎者なのね。魔法を知らないなんて」 「空飛んでたのも魔法?」 「そうよ、当たり前じゃない! ・・・ああもう、授業が始まっちゃう・・・! ほら、教室に行くわよ!」 苛立った様子でルイズは踵を返し、塔の入り口に向かって行く。 「あ、おい!」 間田は慌てて地面に落ちていた自分の荷物を回収し、ルイズの後を追う。 これが虚無のメイジ、ルイズと、優しくてタフで頼りになる(予定の)使い魔、間田敏和の出会いだったのである。 ルイズは不機嫌だった。今日召喚した使い魔のせいである。 ベルトだらけの奇妙な服を着た、17、8歳くらいの平民の少年だ。彼は部屋についてから、色々なことをルイズに聞いた。 ここはどこなのか? ルイズたちは何者なのか? 貴族とは? 平民とは? 質問は多岐に渡った。 トシカズ、と名乗った彼はひっきりなしに質問を繰り返す。それこそ子供でも知っているようなことまで聞いてくるものだから、ルイズはいい加減イライラしていたのだ。 おまけに、最後には『自分は違う世界から来た』とのたまった。これにはさすがのルイズも『こいつはイカれてるのか?』という疑念を持たざるを得なかった。 しかし、ルイズから見て間田の言動はハッキリしているし、何より彼が語る異世界とやらの様子が非常に詳細で、クスリ漬けのイカレポンチの狂言だとはとても思えなかった。 「・・・・でも、いくらなんでも信じられないわ。違う世界なんて・・・」 ルイズは困った顔で言う。テーブルを挟んだ向かい合わせの位置に座った間田は、夜食にともらったパンをかじりながら、神妙な顔つきでうんうん頷いている。 「俺も最初は夢でも見てんのかと思ったけどな、アレを見て確信したぜ。ここは間違いなく別の世界だ」 そう言って、窓を指差す。空には紅と翠の、それぞれ大きさの違う二つの月が浮かんでいる。間田の話では、自分のいた世界には月はひとつしかないのだという。 「別の世界に来た割にはえらく落ち着いてるじゃない」 「わけのわかんねーことが連続するとかえって落ち着くもんだ」 もし自分が異世界とやらに来てしまったのなら相当に取り乱してしまうだろう。ルイズはそう思ったが、目の前の使い魔の少年は異様に落ち着いた態度で、パンの最後の一口を口に放り込んでいた。 この落ち着きっぷりに、やはりこの平民は自分を騙しているのでは?という疑念が拭えないルイズは、あることを間田に問う。 「何か、証拠を見せてよ。あんたが住んでる異世界の物とか持ってないの?」 「・・・・証拠ねえ」 ルイズの問いに、間田は一緒に召喚された自分の通学鞄を取り出す。 写真つきの教科書でもあれば良かったのだろうが、あいにく置き勉ばかりしていたため、登校中に買ったマンガ雑誌しか入っていなかった。 仕方なく、間田は『ピンクダークの少年』が表紙を飾っているそれをテーブルの上に置く。 「何これ?」 「俺の世界の本」 「絵ばっかりじゃない。あんた絵本を読む趣味でもあんの?」 「絵本じゃねえ! んだよ、マンガがねーのか、ハルケギニアってのは」 ルイズはページをパラパラとめくる。確かに、四角い枠で区分けされたページにはディフォルメされた絵と見たこともない文字が書かれており、ハルケギニアのものではないということがわかる。 しかし、これだけでは・・・とルイズが悩んでいると、間田と一緒に召喚されたらしいもう一つの荷物が目に入った。 その荷物―――大きなナップザック―――は、所々がいびつに歪んでいて、わずかに開いた口の部分からは、入りきらなかったのか太い木の棒が一本飛び出している。 ルイズはその変な荷物を指差す。 「あっちは何?」 「え?・・・・・・いや、あれは・・・。その、ちょっとな」 先ほどまでの冷静さもどこへやら。急にしどろもどろになった間田に、ルイズはピンと来た。 ――――この平民は、何か怪しいモノを持っているッ! 人が見せたがる物は別に見たくもないが、人が隠そうとする物はすごく見たい。 今のルイズはまさにそれだった! すかさず間田に高圧的な態度で迫る。 「いいから見せなさいよ。それとも何? ご主人様に見せられない物でも入ってるのかしら?」 「そんなん入ってねーよ」 「じゃあ見せて」 間田は舌打ちし、ナップザックのジッパーに手をかける。 ジィィィ、と口を大きく広げ、飛び出していた木の棒を引っ張り出す。 ズルズルと少しずつ全身像が露になる、その怪しい荷物とはッ! 「・・・・・・・・・何これ」 先ほどと全く同じ言葉を、全く違う調子で言うルイズ。 「えーっと、木の人形、かな?」 『だから見せたくなかったんだ』といった感じの表情の間田。 ナップザックの中に押し込められていた怪しい荷物。 それは関節が人間とほぼ同じように曲がる、人間と同サイズの木製の人形だったのである。 ルイズは知るよしもないことだが、この人形はご存知の通り、間田のスタンド能力を発揮するための媒体。 人形に触れた人間そっくりに化けるコピー人形なのだ。 このバカでかくてクソ重い人形を、間田はナップザックに入れて毎日持ち歩いていたのだった。 もちろん、知らない人間が見ればそれはそれは白い目で見られるのだが、目の前にいるルイズも例外ではなかった。 完全に変態を見る目つきになっているルイズに、間田は慌てて話題を変えようとする。 「な、なあ! ところで使い魔って何すりゃいいんだ?」 「・・・・そうね」 首を傾げて考え込むルイズに、間田は無事話を逸らせたことにほっと息をつく。 やがて、ルイズが口を開いた。 「使い魔には主人の目となり耳となる能力が与えられるんだけど・・・できないみたいね。何にも見えないし、聞こえないもの」 「はぁ」 「あと、秘薬の材料を探してくること。あんた、できる?」 「全然わからん」 にべもなく言う間田。ルイズはため息をつき、続ける。 「最後に、主人を守ること・・・・は、もっと無理そーね」 「何でだよ?」 「オーク鬼とかトロール鬼とかに一発でやられちゃいそうだもん」 ま、あんたじゃその辺の平民にも負けちゃいそうだけどね、とルイズは付け足した。 間田は付け足された悪口にカチンと来たが、言い返すよりも新たに飛び出した単語の意味を知るほうを優先した。 「オークとかトロールって何だ?」 「亜人よ。一匹で手練の戦士5人に匹敵する力を持っていて、人間を食べる怪物なの」 「・・・・そんなのがいるのかよ・・・・」 間田は急に怖くなった。まるでゲームのような世界だと思っていたが、そんなゲームよろしくモンスターまで棲んでいるとは思いもよらなかった。 もし道端でそんなのとエンカウントしたら秒殺されてしまいそうだ。サーフィスは直接戦闘には向かないし、人間じゃない連中をコピーできるとは限らないからだ。 「・・・・やっぱり、元の世界に返してくれ」 「は?」 「だ、だってそーだろ!? なんか話聞いてると俺、役に立たないっぽいし・・・俺なんか送り返して、また新しい使い魔呼べばいいじゃねーかッ!」 見よ! このブザマな主人公(ヒーロー)の姿を。間田は見たこともない怪物の姿に怯え、優しくてタフで頼れる男になるという誓いも忘れ、元の世界に戻してくれと懇願している! だが! だからといって間田がこの物語の主人公の資格を失いはしない! なぜならッ!! 「無理よ・・・送り返す魔法なんてないもの」 「・・・マジで?」 「マジよ」 間田が主人公の資格を失うとすれば、それは間田が死んだときだけなのだッ! 契約した使い魔が死なない限り、サモン・サーヴァントの呪文を唱えても召喚のゲートは出現しない。間田は死ぬまでこの世界に居続け、この高飛車な女の子の使い魔として暮らさなければならないのだ。 もちろん、ルイズもこんな死にそーなコオロギみたいな男を使い魔とするのはごめんだった。今すぐブチ殺して新たな使い魔を召喚したいというのが本音なのだが、そんなくだらないことで罪に手を染めることはしたくない。 それに、たとえ無知でなんの取り柄もない平民だとしても、一応は初めて成功した魔法の成果なのだ。 「だからあんたには私の身の回りの世話をやらせてあげるわ。掃除、洗濯、その他雑用」 「・・・・・・・・・わかったよ」 間田は露骨に嫌そうな顔をしたが、先ほどのオークだのトロールだのとやり合うよりはマシだと考え、渋々頷いた。 それに、衣食住はこの子に世話してもらうことになるのだ。言うことを聞いておかないと食事を抜くくらい平気でやりそうな気もする。 ルイズはその答えに満足そうに微笑み、ブラウスのボタンをはずし始めた。 当然、間田は目を丸くする。 「ちょ、何やってんのォ!?」 「? 寝るから着替えてるんだけど」 「・・・・男が部屋にいるのにか?」 「男って、あんた使い魔じゃない。別に気になんないわ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 いつもの間田なら鼻の下を伸ばしながらチラチラ着替えを拝むのだろうが、さすがにそんな気は起きなかった。 人はペットが部屋にいても気にしない・・・それと同じ。要するに、自分は人間扱いすらされていないのだ。 使い魔とは思った以上に待遇が悪そうだ。そう考えた間田の頭に、柔らかいものが投げつけられた。 手にとって見ると、それはッ! 「こっ、こっ、これわァァ~~ッ!?」 脱ぎたてホヤホヤの、パンティーがッ!! 「それ朝になったら洗濯しとい・・・・・って、何でポケットに入れてんの?」 「え!? ああ~ゴメンゴメン! つい興奮・・・じゃなくて、何でもない! 何でもないから!」 「・・・? 変なヤツね」 ルイズは寝巻きに着替え終わると、ベッドに潜り込む。 ランプを消そうとすると、部屋をキョロキョロ見回している間田が目に入った。 「俺はどこで寝りゃいいんだ?」 「あー、忘れてたわ」 ほい、とボロい毛布を間田に投げる。 「布団が見あたらねーんだけど」 「布団? そんなの必要ないでしょ。それじゃ、おやすみ~」 パチンと指を鳴らすとランプが消え、あたりは闇に包まれる。 間田は仕方なく固い床に寝転んだ。毛布を被ると、どっと疲れが押し寄せてくる。 「ハァ。寝る場所もマトモに与えられないなんて、奴隷と似たようなもんじゃねーか・・・」 耳を澄ますと、ふかふかのベッドの中からルイズの気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 なんとなく悔しくなって、ポケットに手を突っ込み、さっき入手したパンティーを取り出す。 まだルイズのぬくもりがかすかに残っている。 固い床の寝床も少しはマシになった気がする。やってることは最低だが。 こうして、間田の使い魔生活第一日目は幕を閉じた。 彼は無事に元の世界に帰ることができるのか。そして、優しくてタフで頼りになる、ハードボイルドな男になることはできるのか・・・。 結末は、まだ誰も知らない。 .....To Be Continued →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1502.html
ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、塔の間にある。要は中庭だ。 建物の影になって日が差さず、普段人はいない。 あの平民はぶちのめしたいが、あまり大事にはしたくない……というギーシュの微妙な配慮(彼も一応貴族だ)がここを選んだのである。 だが、それは全く無駄に終わったと考えていいだろう。 広場は噂を聞きつけた生徒たちで溢れかえっている。 「決闘だ!」 ギーシュが薔薇の造花を掲げた。歓声が巻き起こる。 「ギーシュが決闘するぞ!相手はルイズの平民だ!」 うおおおー! また歓声。 平民と貴族って、階級だと思ってたが、どうやら種族みてーだなあ。 すると目の前のモヤシ男は人間じゃねーのか? セッコは思った。 魔法=血統なのである意味間違ってはいない。 殺しちゃあダメとかルイズが言ってたな。 ということは「貴」族も死ぬって事だ。 なんとなくだが負ける気はしない。 決闘を前にしても特に何も感じなかった。不思議だ。 「では始めるか、僕はメイジだから魔法で戦うぞ。文句はあるまいね?」 ギーシュが薔薇の造花を振る。 花びらが舞って、女の銅像が現れた。動くのか? 「さっさとかかって来い、モヤシ男。」 まだ銅像の性能がわからねえ。こっちから行くのは危険だ。 「僕は[土]属性、青銅のギーシュだ!ちゃんと名前で呼べ平民!」 「青銅とギーシュ、どっちが本当の名前だぁ?」 「うるさい黙れ!行けワルキューレ!」 銅像が走ってやってくる。運動能力はそう高くねえらしい。 あまりヤバそうじゃねえし、まずはこれと戦ってみるか。 目の前まで来た銅像が殴りかかってきた。 腕を掴み地面に叩きつけるように投げる。意外と重い。 ん、突然軽く? ギーシュが何か叫んでいる。 「……この銅像欠陥品かぁ?」 「こ、こんな馬鹿な!」 ワルキューレの腕が、根元からもげた。 思ったとおりね、結構強いじゃない。 ルイズは自分の使い魔が無能ではないとわかって、少し嬉しくなった。 ――トリステイア魔法学院、学院長室―― ミスタ・コルベールは、泡を飛ばして、学院長老オスマンに説明していた。 ルイズが使い魔召喚で平民の男を呼び出したこと。その契約のルーン文字が気になったこと。 それを調べていたら…… 「始祖ブリミルの使い魔、[ガンダールヴ]に行き着いたというわけじゃね?」 「そうです!あのルーンは、伝説の使い魔[ガンダールヴ]のものと全く同じであります!」 「わかった、しかし慌てるんじゃあない。同じルーンを使う違う魔法だってあるじゃろうが。」 オスマン氏はあくまで冷静である。 「それもそうですな」 ドアがノックされた。 「誰じゃ?」 扉の向こうから、秘書ミス・ロングビルの声が聞こえてきた。 「私です、オールド・オスマン」 「なんじゃ?」 「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいて、大騒ぎになっています。」 「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質の悪い生き物はおらんわい、で、馬鹿は誰だね?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。」 「あの、グラモンとこの馬鹿息子か。おおかた女の子の取り合いじゃろ、相手は誰じゃ?」 「生徒のメイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔です。」 オスマン氏とコルベールは顔を見合わせた。 「教師たちは、決闘を止めるために[眠りの鐘]の使用許可を求めております」 オスマン氏の目が、鷹のように鋭く光る。 「アホか。たかが子供のけんかを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」 「わかりました」 ミス・ロングビルが去っていく。 コルベールは唾を飲み込んで、オスマン氏を促した。 「オールド・オスマン」 「うむ」 オスマン氏が杖を振ると、壁にかかった大鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。 ギーシュは焦っていた。一体目のワルキューレはセッコに腕と頭をもぎ取られて機能停止している。 あいつは間違いなく戦闘経験豊富だ。けれど、メイジたる自分が平民相手に全力を出して問題になったりしないか? グラモン家の恥になったらどうしよう? 「くらえっ!」 足を狙って石礫を放つ。が、普通にかわされてしまう。 「[土]魔法ってのは全部こんな鈍いのか。」 もう仕方がない。負けるよりは全力で叩き潰す方がはるかにマシだ。 ありったけの精神力を込めて薔薇の杖を振る。 「ワルキューレぇっっ!!!」 魔法って大した事ねえなあ、それとも「土」だから? 確か赤土とかいう先生は土は日用品 つってたっけ? だが、こいつが単に弱い可能性も捨てきれねえ。知らないものは警戒するに限る。 さて、ギーシュをぶん殴ってオレに土下座させるかぁ。 「うおあ、なんだ?」 気づくと、さっきの銅像が7匹も現れている。 しかも武器を持ってやがる。こいつはやべえ。 どうせ鈍いんだろうが、もし当たったら死にそうだ、逃げるか? それもムカつくなあー。 ……なんか武器があればいいんじゃねえか? なぜ、その発想が生まれたのかは判らない。 何故ならセッコは武器を使ったことが一度もないからだ。 そうだ、この広場には石が敷かれている。この石で殴ったらどうだろう? 石は多分銅より硬いんじゃねえか? 少し出っ張った石に触れると左手の模様が光りだした。 この手触り、昔から知っている気がする。 思い切り石を掴む。模様が更に輝き、力が溢れてくる気がする。 ふと横を見ると、さっき壊した銅像が転がっていた。 何でオレは目の前にある銅像ではなく、わざわざ埋まっている石を選んだんだ? 今は闘いの最中だ、そんなことを考える暇はねえ。 左手の輝きに身を任せてみることにする。 「ねえ、タバサ、あの使い魔って人間だと思う?」 キュルケは隣の青髪の少女に声をかけた。 彼女には珍しく、本から目を離して戦いを見ている。 「わからない」 「タバサでもわからないか。」 「あんな能力の亜人は聞いた事も読んだ事もない」 「じゃあやっぱり人間なのかしらね?」 「わからない」 「そう。」 「ちょ、おま、おまえ一体?メイジなのか?」 どう見ても目の前の男は杖など持ってない。 しかし これは……そんな馬鹿な…… ルイズの使い魔が、足元に埋まっていた石を。 いや、岩だ! そいつは、直径1メイル以上はあろうかという岩を。 片手で地面から引きずり出した! しかも、僕の目が正しければ、岩の表面が溶けた様に何か滴っている。 「うわ うわああああああ!ワルキューレ!あいつを、あいつをぶっ殺せ!」 「不思議なんだよぉ、左手から力が湧いてくる、オメーを潰せってなあ!」 僕の 僕のワルキューレが、あいつの持った岩に端から潰されていく…… しかも、まるで素手で殴るように動きが速い。 これは平民ではない、何か別のモノだ、認めたくない。 「潰れて死ね」 僕に向かって 岩が 飛んで しぬ 「ギーシュさま!!!」 突然横から飛んで来た水流が僕を弾き飛ばした。一体誰が僕を助けたんだ? 岩は背後の塔にめり込んで砕けた。 「モ、モンモランシー?」 「ギーシュ、やめて!もう怒ってないから、もうちょっとで死ぬところだったのよ!!」 「僕は……」 「それはもういいから、あの使い魔に謝って!あれはギーシュが悪いわ!」 あいつが近づいてくる。やっぱり僕を…… 「……」 「その……セッコ・・だったかな?」 「オレの勝ちでいいか?」 「あ、ああ、僕が……悪かった……」 「わかった。」 「僕を許してくれるか?」 「オメーを殺したらルイズが怒る。」 さっきの岩は僕を殺す気じゃなかったのか? と言いたくなったが、また怒らせそうだし止しとこう。それに実際もう怒っているようには見えない。 「一つだけ言わせてくれないか?」 「何だ。」 「僕は青銅のギーシュだ。オメー じゃない。」 「わかった。オレはセッコだ。」 「確かにさっきの僕は貴族らしくなかった。すまない、セッコ。」 「わかった。」 「僕は貴族ギー……」 「わかったつってるだろおおおお!もう怒ってねえから黙れえ!」 悔しいがこいつにはもう逆らえないな……平民の癖に。 でも、モンモランシーの怒りが静まったのもこいつのおかげかもしれない。 そう考えるとまだ良かったかな。 コトッ 「ギーシュさま、この指輪はなに?」 「それはケティに・・・ハッ!」 「ギーシュさま……」 訂正しなくてはならない。今日はやっぱり厄日だ。 「ふむ……」 オスマン氏とコルベールは、「遠見の鏡」で一部始終を見終えると、顔を見合わせた。コルベールは震えながらオスマン氏の名前を呼んだ。 「オールド・オスマン」 「うむ」 「あの平民、勝ってしまいましたが……」 「うむ」 「ギーシュは一番レベルの低いドットメイジですが、それでもただの平民に遅れをとるとは思えません。 そしてあの動き!あんな平民見たことがない! やはり彼は[ガンダールヴ]!さっそく王室に報告しなければ!」 「なあ、コルベール君」 「なんでしょう、オールド・オスマン?」 「伝説のガンダールヴは、どんな特性の使い魔だったのかね?」 「主人の長い詠唱時間を守るため、時間稼ぎに特化した使い魔と聞きますが」 「うむ」 「あらゆる武器を達人のように使いこなしたそうです。」 「なあ、コルベール君。あの平民は武器を使っていたかね?」 「そういえば……」 「うむ」 「岩も武器といえばそう言えなくもないかもしれませんが」 「むしろ先住魔法の類かものう。」 「しかし、召喚時はディテクト・マジックに反応がありませんでした」 「まあ、しばらく様子を見てみるかの。無論クサレ王室には内密でな」 「そうですねえ……」 To be continued…… 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/381.html
++第三話 ゼロのルイズ①++ 花京院典明が目覚めて、初めて目にしたものは昨晩ルイズが投げてよこした下着だった。 横に転がっているそれから視線を外し、起き上がる。 隣にあるベッドではルイズが寝気を立てている。子供らしい、あどけない寝顔だ。 「やっぱり夢じゃないのか」 心のどこかで期待していたことに裏切られる。やはり現実だった。 学生服の乱れを直し、花京院はルイズを起こしにかかった。 肩を叩いてみるが、起きない。 今度は枕を取ってみるが、起きない。 毛布をはいだところで、ようやくルイズが目覚めた。 「な、なに! なにごと!」 「朝だ。ルイズ」 「はえ? そ、そう……って誰よあんた!」 ルイズは寝ぼけた声で怒鳴った。顔がふにゃふにゃで、まだ眠そうだ。 「花京院典明。君の使い魔だ」 「使い魔? ああ、使い魔ね。昨日召喚したんだっけ」 ルイズは起き上がると、あくびをした。それから花京院に命じる。 「服」 椅子にかかった制服をルイズの側に置いた。 だるそうに寝巻きを脱ぎ始めるルイズに背中を向ける。 「下着」 「自分で取らないのかい?」 「なんで取る必要があるのよー」 寝起きのせいか間延びした声で反論する。 ここでもめるのも面倒なので、素直に従うことにした。 「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しに入ってる」 下着を適当に取り出し、後ろに放り投げた。 ごそごそとルイズが着替える音がした後、 「服着せて」 「それも僕が?」 「あたりまえでしょ」 花京院はややうつむき加減で振り向く。 彼も一応思春期の少年である。多少なりともそういう情はある。 さすがに直視するのには抵抗があったのだが……ルイズの身体を見て、すぐに元の表情に戻った。 ルイズの身体はまだまだ未発達だった。いくら下着姿だといっても、女らしい膨らみが全然ないので、焦ることも意識することもない。 着替えを手伝っているうちに、少女の着替えを手伝っているのか、少年の着替えを手伝っているのかさえ曖昧になってきた。 最後にマントの紐を締め、着替えは終了した。 ルイズと部屋を出ると、丁度隣の部屋のドアも開いた。 似たような木のドアが開き、現れたのは燃えるような赤い髪の少女だった。 ルイズより背が高く、花京院より若干低めの身長で、むせるような色気を放っている。 ブラウスのボタンを上から二つ外し、胸元を覗かせている。褐色の肌はいかにも健康そうだった。 身長、肌の色、雰囲気、胸の大きさ……、全てがルイズと対照的だった。 彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。 「おはよう。ルイズ」 ルイズは顔をしかめ、嫌そうに挨拶を返した。 「おはよう。キュルケ」 「あなたの使い魔って、それ?」 ルイズがうつむいて黙り込むと、キュルケはそれを肯定と受け取ったようだ。 「あっはっは! 『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出すなんてあなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」 ……ゼロ? 花京院がルイズに目をやると、ルイズの白い頬は朱に染まっていた。 「うるさいわね」 「あたしも昨日召喚したのよ。誰かさんと違って一発で成功だったけど」 「あっそ」 「どうせ召喚するならこういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」 キュルケがそう声で呼びかけると、キュルケの部屋からのそのそと赤い何かが這い出てきた。 それは巨大なトカゲだった。全身真っ赤で、尻尾の先には小さな炎が灯っている。 むんとした熱気に、花京院は顔の前で手を振った。 「それは……?」 「もしかして、あなた、火トカゲを見るのは初めて?」 「ああ、初めてだ。しかし、鎖につながなくて大丈夫なのかい?」 「平気よ。あたしから命令しない限り襲ったりしないわ」 キュルケは顎に手をそえ、色っぽく首を傾げる。 悔しそうにトカゲを見ていたルイズは聞いた。 「これってサラマンダー?」 ルイズの顔を見て、キュルケは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 「そうよー。火トカゲよー。しかも見てよこの尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダー。 とても値段なんかつかないわよ」 「そりゃよかったわね」 「素敵でしょ。あたしの属性にぴったり」 誇らしげに胸を張るキュルケに対抗してルイズも胸を張るが、全く勝負にならない。 ルイズをからかうのに満足したようで、キュルケは花京院に目を向けた。 「あなた、お名前は?」 「花京院典明」 「カキョウイン? 変な名前ね。ふーん」 キュルケは品定めするように花京院を見つめる。 「まあいいわ。じゃあ、お先に失礼」 赤い髪をかきあげ、さっそうとキュルケは歩き去っていった。 キュルケがいなくなると、ルイズは小さな肩を震わせた。 短い付き合いでも花京院はルイズの状態がわかった。 怒っているのだ。 「くやしー! なによあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもう! それなのに私はあんただし!」 「気にしなければいいじゃないか」 「そういう問題じゃないの! メイジの実力を見るには使い魔を見ろって言われてるぐらいなのよ! それなのに……ああもう!」 大げさにうなだれるルイズ。 それを呆れながら眺めて、ふと思い出した。 「ところで、『ゼロ』って君のあだなかい?」 ぴくん、とルイズの肩が上がった。 怒りと不安がないまぜになったような表情を浮かべている。 「な、なんであんたがそれを?」 「さっき彼女が言ってたじゃないか」 「ああ、そうだったわね。ゼロはただのあだなよ」 「でも、どうして?」 「あんたが知らなくてもいいことよ」 急に突き放すような口調でルイズは言った。 頭は悪くは無さそうだったので、身長とか胸のことだろうな、と見当をつけた。 怒らせる必要もないので、その話題はそこで終わらせることにする。 「それより、今からどこへ行くんだ?」 「朝食を食べに行くのよ」 マントをなびかせながらルイズは歩き始めた。 To be continued→
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1479.html
軽い自己紹介を終えてから、ルイズとワルド、それにギアッチョはウェールズの 先導で「イーグル」号の船長室にやってきた。ウェールズの対面にルイズと ワルドが腰掛け、ギアッチョは少し離れて壁に背を預ける。キュルケ達が同席 出来ないことに若干の罪悪感を感じながら、ルイズはまずアンリエッタが 自分に預けたウェールズへの手紙を取り出した。しかしウェールズに手紙を 差し出そうとして、ルイズはピタリと動きを止める。 「・・・あ、あの」 「なんだね?」 「・・・無礼を承知でお尋ねしますが、その・・・本当に皇太子様でしょうか」 恐る恐る尋ねるルイズに、ウェールズは笑って答えた。 「その疑問はもっともだ 僕は正真正銘、本物のウェールズ・テューダーだよ ・・・そうだね ラ・ヴァリエール嬢、右手を出してごらん」 言われるままに、ルイズは右手を差し出す。その指に光る指輪は、忠誠に 報いる為にアンリエッタがルイズに与えた「水のルビー」であった。ウェールズは 己の右手に嵌る指輪を外すと、そっとルイズの手を持って指輪同士を近づける。 その瞬間、ウェールズの指輪を飾る宝石と水のルビーの宝石が共鳴を始めた。 二つの宝石から放たれた二色の光は、互いと緩やかに絡み合って世にも美しい 虹色の光を振りまいた。 「・・・・・綺麗・・・」 「この指輪は、我がアルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ 君のそれは、 アンリエッタが持っていた『水のルビー』だね?」 柔らかいまなざしで水のルビーを見つめるウェールズに、ルイズはこくりと頷いた。 「水と風は、虹を作る 王家の――そして国家の間に架かる虹さ」 ウェールズはにこりと微笑んで言うと、疑った非礼を詫びるルイズを手で制する。 「いいんだラ・ヴァリエール嬢 このような状況であれば、疑ってかかるのは 大使として当然のことだよ それに、僕達は最後の客人に気を使って欲しくなど ないんだ ラ・ヴァリエール嬢、ワルド子爵・・・そして使い魔の青年、ギアッチョ どうか楽にして欲しい それが――我々への、一番の手向けでもある」 ――戦況が悪いだとかそんなレベルじゃあねーらしいな 壁にもたれたギアッチョは、腕を組んでウェールズを観察する。しかし彼に 怯えた様子は微塵も見当たらなかった。ただのボンボンではないらしい、と ギアッチョは考える。 「姫様からの密書にございます」 ルイズは一礼して、アンリエッタからの手紙をウェールズに渡す。 ウェールズはルイズから手紙を受け取ると、愛おしそうに花押に口づけした。 折り目一つつけないように丁寧に封を開き、便箋を静かに取り出す。 真剣な眼で文字を追って、ウェールズは顔を上げた。 「・・・結婚するのか アンリエッタは・・・私の可愛らしい、従妹は」 その口調にどこか寂しげなものが感じられ、ルイズは何も言えずに頭を 下げた。 最後の一行まで手紙を読み終えて、ウェールズは微笑んだ。 「委細了解した 姫はとある手紙を返して欲しいと従兄の私に告げている 何より大切なアンリエッタからの手紙だが――彼女の望みは私の望みだ 喜んでそのようにさせてもらうよ」 ルイズはほっとしたようなどこか物悲しいような、複雑な表情で顔を上げた。 「しかしながら、あれは今手元にはない ニューカッスルの・・・我ら王国軍の 最後の牙城にあるんだ 姫の手紙を、空賊船などに『連れて来る』わけには いかぬのでね」 ウェールズはそう言って笑うと、手紙にすっと指を滑らせた。 「足労をかけてすまないが、ニューカッスルまで同乗してくれたまえ 何、明日の戦が始まるまでには君達を帰すことが出来るだろう」 少し話があるらしくウェールズと二人で船長室に残ったワルドを置いて、 ルイズとギアッチョは退出した。とりあえずすべきことが終わって、ルイズは 甲板へ向かう通路を歩きながらほっと溜息をつく。大使としての緊張感が 解けて素の自分に戻ったルイズは、そこではっと思い当たった。状況が 状況だったのでさっきの騒動以来ギアッチョと口をきいていなかったが、 ひょっとしてギアッチョは怒っているのではないだろうか。自分達の命も 顧みず、空賊にまるで喧嘩を売るような――というか完全に売っていた ――真似をしてしまったのだ。フーケと戦った時にギアッチョに言われた ことを何一つ理解していないと言われても仕方がないだろう。そして、 ならばギアッチョはきっと自分に説教をするはずだ。今までは空気を 読んで黙っていたのだとすると、ひょっとしてそろそろ―― 「・・・おい」 「は、はいっ!?」 来た。やっぱり来た。思わず敬語が出てしまい、ルイズは軽く自分が 情けなくなった。つーっと冷や汗が流れる。ギアッチョに怒られるのは やっぱり少し・・・いや、かなり恐い。「しっかりしなさいルイズ」と彼女は 心中自分に言い聞かせる。ギアッチョが人間だろうと自分より年上で あろうと、自分は彼の主人なのだ。身分だとか上下関係だといった ものを主張する気など毛頭ないが、しかし主人であるからには使い魔に 対しては毅然とあらねばならないとルイズは思う。魔法を使えない自分 だからこそ、せめて振る舞いだけは堂々としていなければならない。 そうでなくては、自分などに召喚されてしまったギアッチョにも申し訳が 立たない。 己の心に棲みつくどうしようもない劣等感に蓋をして、ルイズは堂々たる 所作でギアッチョを見上げた。例え怒りを受ける身であろうとも、毅然と してそれを迎え入れるべきだとルイズは考える。コホンと一つ咳をして、 「・・・何かしら?」 彼女は極力余裕を持たせてそう言った。 ギアッチョはルイズを見て何かを考え込んでいるようだった。声を掛けて おきながら何も言おうとしないギアッチョにルイズの不安は加速度的に 重さを増してゆく。しかしルイズはギアッチョから眼を離さなかった。 内心の不安を押し隠すべく無理に表情をなくそうとして逆に殆ど睨む ような形になってはいるが、ともかくルイズは退かなかった。「来るなら 来なさいよ!」と、心中まるで戦でもするかのように呟く。こうであると 決めたルイズの意志は、時として鋼よりも固かった。 思考を止めたものか纏めたものか、やがてギアッチョは何だかよく 分からない顔でルイズに向き直った。 ――来た・・・ッ! ルイズはかかってきなさいと言わんばかりにギアッチョを睨む。 ギアッチョはいつも以上に読めない表情でスッと右手を上げると、 わしわしと、ルイズの頭を乱暴に撫でた。 「ふええぇっ!?」 ギアッチョの有り得ない行動に、鋼鉄のはずのルイズの意志はあっさりと 砕け散った。厳然たる言葉を紡ぐはずの口から生まれて初めて出した のではないかというほどに情けない声が飛び出て、頭上の手と己の声の 相乗効果でルイズの顔は湯気が立たんばかりに茹で上がった。 「なッ、な、な、ななな――!?」 動揺ここに極まれり。せめて言葉の一つも出ればまだなんとか取り繕う ことも出来たかもしれないが、現実は非情であった。ルイズはギアッチョに 錯乱でもしたのかと問いたかったが、今この場で一番錯乱しているのは 誰がどう見てもルイズ自身である。ギアッチョはルイズを差し置いて よく分からんといった表情をすると、彼女を見下ろして声を掛けた。 「よくやった」 「・・・へ?」 怒らないどころか自分を褒めるギアッチョに、ルイズは赤くなった顔の ままきょとんとする。ルイズの頭に無造作に手を置いたまま、ギアッチョは 全く褒めているとは思えない顔で続けた。 「言っても解らんガキかと思ってたがよォォ~~ 上出来だぜルイズ 己の命が奪われようと・・・オレやワルドが死ぬことになろうともてめーの 心を貫くという『意志』・・・それが『覚悟』だ」 「え」 「状況に流されたり強制されたりした結果の行動・・・そいつは『覚悟』 なんかじゃあねえ 追い詰められたりどうでもよくなったりしてなりふり 構わずヤケになって突っ込むなんてのは、ただ諦めてるだけだ」 「・・・ギ、ギアッチョ あの・・・わたしさっき空賊のことで頭が一杯で あんたやワルドのことなんてすっかり忘れてて・・・だから」 ギアッチョが言ってるようなことじゃないと否定するルイズを、ギアッチョは 言葉で遮った。 「――『覚悟』は・・・確固たる己の『意志』から生まれる オレ達のことを 覚えていたか忘れていたか、そんなもんはどうだっていいことだ 何がどうであれ、さっきのおめーには間違いなく『覚悟』があった 祝福するぜルイズ 無意識だろーとなんだろーとおめーには覚悟の心が ある 重要なのはそれだけだ」 ギアッチョは抑揚に乏しい、一見無感動に思える口調で、はっきりと そう言った。 「・・・・・・・・・『覚悟』・・・」 心で反芻するように呟いて、ルイズはギアッチョを見上げる。彼は 相変わらず読めない顔でルイズを見ていた。だが、だからこそ、ルイズは 彼を信じることに躊躇はなかった。この無愛想な男が言うのなら、きっと そうなのだと。だからルイズは、ただ一言だけ言葉を返す。 「・・・・・・うん」 それで十分だった。 「・・・・・・ところで、あの」 置き忘れられたかのようにルイズの頭に乗っているギアッチョの手を 指差して、ルイズは疑問をぶつける。 「こ、これ・・・どうしたの?いきなり・・・なんかギアッチョらしくないわよ」 「あー・・・なんだ 一つプロシュートに倣ってみよーと思ったんだがな」 やっぱりこれはオレのキャラじゃあねーな、とギアッチョは両手を上げて 首をすくめた。 「そ、そんなこと・・・」 頭からどけられた手が何故か名残惜しくてルイズは思わずそう言い かけるが、 「あーいたいた おっそいわよあなた達!」 続く言葉は、やってきたキュルケの呼びかけに遮られた。 「キュ、キュルケ!」 「何やってるのよ二人共 もうすぐニューカッスルに着くらしいわよ? 甲板に行きましょうよ」 催促しながら歩いてくるキュルケに眼を向けて、ギアッチョは口を開く。 「あいつらは甲板か」 「ええ、ギーシュは船酔いでフラフラしてるけどね タバサは相変わらず 本を読んでるわ」 そう言って笑うと、キュルケはルイズに眼を向けた。 「あらルイズ?あなた顔が真っ赤だけど何をやってたのかしら?ん?」 「なっ、何もしてないわよ!あんたじゃないんだから!」 楽しそうに笑って顔を近づけるキュルケから眼を逸らしてルイズは 怒鳴る。しかしキュルケは綺麗な笑みを崩さずに、デルフリンガーを見た。 「ねぇデルフ 今二人は何をしてたのかしら?」 「いや、てーしたことじゃねーんだけどよー」 答えようとした魔剣を睨んで、ルイズは「余計なこと言ったら船から投げる わよ!」と凄む。 「・・・てーしたことじゃなさすぎて忘れたわ」 いくらなんでもここから落とされたくはないらしい。デルフはあっさり従った。 ルイズは謝りたかった。何事もなかったかのように甲板上で歓談している 三人に。それが出来ないならば、せめてありがとうと言いたかった。 しかし、どうしても言葉が出ない。喉まで言葉が来ているのに、どうしても それを吐き出すことが出来ない。礼の一つも言えない自分を、ルイズは ブン殴ってやりたかった。打ち沈んだ彼女の心境を知ってか知らずか、 キュルケはルイズに何かを言わせる暇もなく話題を繋ぐ。 「そんなわけでフーケを逃がしちゃったのよ どう思う?ギアッチョ」 「・・・ま、いいんじゃあねーのか てめーの意志で決めたってんならな」 ギアッチョはギーシュに眼を遣って答えた。その言葉に、ギーシュは 青白い顔のまま満面の笑みを浮かべる。 「ほら言った通りじゃないか!ギアッチョなら分かってくれるってさ・・・うぷっ」 「はいはい聞こえたわよ それも『覚悟』ってわけ?さっぱり解らないわ」 キュルケはやれやれといった感じに首を振った。舷側の欄干に背を 預けて、ギアッチョははしゃぐギーシュから眼を外して言う。 「安心しろ てめーの決意で奴を逃がしたってことは責任を取る『覚悟』も 当然出来てるってわけだからな・・・なあオイ」 「えっ!?あ・・・ああ も、勿論さ!当たり前だろう?」 青白い顔を一層青くして答えるギーシュに、キュルケは一つ溜息をつく。 「・・・そっちは?」 話の間隙を縫うようにして、タバサが本から眼を上げて問うた。 珍しく自分から声を掛けるタバサにギアッチョは意外そうに眉を上げる。 「仮面の野郎が追ってきたな」 「本当?あの傭兵達の自白は事実だったわけね・・・怪我は?」 三人を代表したキュルケの質問に、ギアッチョは左手を上げることで 答えた。隙間なく巻かれた包帯に、キュルケ達は息を呑む。 「ちょっ・・・それ大丈夫なのかい!?」 思わず叫ぶギーシュに、ギアッチョはどうでもいいように右手を振って みせた。 「大した怪我じゃあねー こいつが持ってきた軟膏もあるしな」 ギアッチョはそう言って、浮かない顔をしているルイズを見る。 「へぇ あなたもそういう気配りが出来たのねー」 キュルケはわざと皮肉っぽい口調で言うが、ルイズは沈んだ顔のまま 何の反応も返さない。少し唇をとがらせて、キュルケはルイズの顔を 覗き込む。 「ちょっとールイズ!あなた少しは明るい顔を――」 と、キュルケがルイズを叱咤しようとした時、フッと影が彼女達を覆った。 「何・・・?」 彼女達は一斉に空を見上げる。雲の切れ間から、巨大な軍艦がその 姿を覗かせていた。 「うっぷ・・・あ、あれはひょっとして・・・」 ギーシュが眼を見開いて呻く。 「そう」 空を振り仰ぐキュルケ達の後ろから、突然声が投げかけられた。 ワルドと共に船室から出てきたウェールズが、形のいい眉を忌々しげに ひそめて言う。 「叛徒共の、船だ」 巨大な、全く巨大な――禍々しき戦艦であった。優に『イーグル』号の 二倍はある艦体に同じく巨大な帆を何本もはためかせている。かと 思うと、巨艦は無数に並んだその砲門を一斉に開き、大陸に向けて 斉射を開始した。どこに着弾しているのかは大陸を半ば見上げる形で 航行している『イーグル』号からは分からなかったが、ドゴドゴッ!という 砲撃の音と振動はびりびりと伝わってきた。 「かつての我らが旗艦・・・『ロイヤル・ソヴリン』号だ 奴らの手に落ちて からは、『レキシントン』号と名前を変えている 初めて我々から勝利を もぎとった戦地の名だ・・・よほど名誉に感じているらしいね」 ふっと皮肉な笑いを浮かべるウェールズの横で、ギアッチョは 『レキシントン』号を観察する。舷側に並んだ無数の大砲と対を成す ように、艦の周囲ではドラゴンに乗った数多の竜騎士達が哨戒を行って いた。ウェールズ達王党派にとっては、まさに絶望の象徴に他ならない だろうと思われた。 「備砲は両舷合わせて百八門、その上竜騎士まで積んでいる あの戦艦の反乱から、全てが始まった・・・因縁の艦だよ さて、我々はあんな化け物に対抗し得るはずもない そこで雲中を通り、 大陸の下からニューカッスルに近づくというわけさ そこに我々しか 知らない秘密の港があるんだ」 ウェールズはそう言って大陸を見上げた。 大陸の下へと潜り込み、陽の届かないそこを慎重に航行する。 そうするうちに頭上に見えてきた三百メイル程の穴を、『イーグル』号は ゆるゆると上昇してゆく。頭上に薄っすらと見える光は船の上昇につれて 徐々に明るくなってゆき、やがて眩い程に大きくなったかと思うと、船は 静かに停止した。 ウェールズに促されて、ワルドはグリフォンと共にひらりと地面に飛び 降りる。辺りを見渡して、彼はほう、と感嘆の声を上げた。 「これは――素晴らしい」 「驚いたかい?子爵」 いたずらっぽく笑うウェールズを振り返って、ワルドは両手を広げてみせる。 「それはもう ここまでの旅路もさることながら、これ程までに美しい光景は 様々な場所を旅した私にも滅多に御眼にかかれませぬ」 そこは巨大な、そして実に見事な鍾乳洞であった。見事な円錐形の鍾乳 石が大小様々に垂れ下がり、それを覆う発光性のコケが周囲を幻想的に 照らし出している。ルイズ達もまた、息を呑んで立ち尽くしていた。 背の高いメイジの老人がウェールズに近寄り、彼の労をねぎらう。 「おやおや、これはまた大した戦果でございますな 殿下」 老境にあって尚かくしゃくたる彼は、『イーグル』号に続いて鍾乳洞に現れた 船を見て、顔を綻ばせた。 「喜べ、パリー」 ウェールズは手を上げて、洞窟中に響く声で戦利品を報告する。 「積荷は硫黄だ!硫黄を手に入れたぞ!」 その言葉に、主人の帰還を待っていた兵達が一斉に歓声を上げた。 「おお!硫黄ですとな!火の秘薬ではござらぬか!いやはや・・・これぞ まさしく天の配剤と言うべきかも知れませぬな 最後の最後に、我々の 名誉を守る機会を下さるとは!」 パリーは男泣きに泣き始めた。 「先の陛下より御仕えして六十年・・・これほどに嬉しい日はありませぬぞ 彼奴らが反乱を起こしてからというもの、苦渋を舐めっぱなしでありましたが ――何、これほどの硫黄があれば!」 ウェールズは、ニヤリと一つ勇ましく微笑んで後を継いだ。 「ああ、そうだ 我らアルビオン王家の誇りと名誉を、散華のその瞬間まで 叛徒共に示し続けることが出来るだろう」 「おお、おお!この老骨、武者震いがいたしまするぞ!」 ウェールズ達は、心底楽しそうに笑いあった。 「して陛下 御報告なのですが、叛徒共は明日の正午に攻撃を開始する との旨、伝えて参りましたぞ」 「ついに来たか・・・それではやはり、明日こそ我ら王家の最期になると いうわけだな」 怯えた様子一つ見せずに、ウェールズはあっさり言ってのける。その 言葉に動揺を見せる兵士もまた、居りはしなかった。 ――最期って・・・この人達怖くないって言うの? キュルケはルイズ達に困惑した顔を向ける。皆思い思いの表情を 浮かべていたが、その表情はどれも自分とは違うような気がして、 彼女はますます困惑を深めた。 「さて、こちらはトリステインからの客人だ 重要な用件で我が国に 参られた大使殿だよ 丁重にもてなしてさしあげてくれ」 「ほほう、これはこれは大使殿 殿下の侍従をおおせつかって おりまする、パリーでございます このような沈みゆく国へ、ようこそ いらっしゃいました 大したもてなしも出来ませぬが、今夜は ささやかな祝宴が催されます 是非とも御出席くだされ」 老いたメイジは、気品溢れる仕草で一礼した。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/151.html
「宇宙の果てのどこかを彷徨う私のシモベよ… 神聖で美しく、そして究極の使い魔よッ 私は心より求め、訴えるわ!我が導きに…答えなさいッ!!」 激しい爆発と共に呼び出されたそれは、その場にいた誰も想像しなかった物だった。 岩、まずはそう見えた。しかしそれには顔があった。 まるで人間が生きたまま石に変えられたようなおぞましいオブジェ、それには生きる物全てを畏怖させるような気配が感じられる。 普段ルイズを嘲笑している者達も今は声一つあげていない。 何故自分は震えているのだ?『ゼロ』が召喚した不気味な岩を見ているだけなのに。 生物的本能による恐怖、という解答に彼らがたどり着くことはついになかった。 一方のルイズもまた不可解な感情に苦しんでいた。自分の呼び出した使い魔、下僕となるべき存在、そのはずなのに。 何故体が震えて動かないのだろう。何故こんなに絶望的な気分になるのだろう。 何故この塊を見ていると、生きたままヘビに飲み込まれるカエルの心境を考えてしまうのだろう。 その答えを考える猶予はルイズには与えられなかった。 誰一人声の出せない状況下、足のすくんだルイズの目の前でそれがゆっくりと動き出したからだ。 太陽すらも克服した究極の生物がハルケギニアの大地に解放された瞬間だった。 ハルケギニア西方に長い歴史を持つ王国があった!歴史ある国家故の伝統としきたりに支配されたこの文化! その名をトリスティン王国! そしてその中に『魔法』の能力で王国を支配する貴族がいた! 『魔法』は彼らに伝わる奇跡!真の支配者の力をもたらす! しかし!ある時その王国は忽然と歴史から姿を消す!無数の吸血鬼を残して! なぜなのか!どこへ行ったのか!謎の全てはあの『使い魔』にあった! この物語は異世界から召喚されたゼロの『使い魔』にまつわる人々の 数奇な運命を追う冒険……にはならなかった!残念ながら! 究極の使い魔 完
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1603.html
ラ・ロシェールで一番上等な宿、「女神の杵」亭に泊まる事にした一行は、一階の酒場でだらだらしていた。 さすが貴族を相手にするだけあって、隅々まで掃除が行き届き、テーブルは床と同じ一枚岩からの削り出しで輝いている。 そこに、「桟橋」へ乗船の交渉に行っていたワルドとルイズが帰ってきた。 ワルドは席に着くと、困ったように言った。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに・・・」 ルイズは口を尖らせている。ギーシュの瞳が輝いている。セッコは首を捻った。 「なんで隔日なんだあ?アルビオンてのは、そんなに田舎なのかよ。」 ワルドが答える。 「明日の夜は月が重なるだろう?[スヴェル]の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づく。」 ワルドは、まるでこれが完全な答えだ、と言わんばかりの様子だ。 「・・・おあ?」 横でキュルケがなるほどと頷いているものの、セッコには完全に意味不明である。 考えるのをやめた。 「さて、今日はもう寝よう。部屋を取った」 「キュルケとタバサが相部屋だ。そしてギーシュとセッコが相部屋」 ギーシュが怯えた。 「僕とルイズは同室だ」 ま、婚約者ならなあ。 ルイズが反論する。何でだろ? 「そんな、ダメよ!まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」 「いや、大事な話があるんだ。二人きりで話したい」 「・・・わかったわ」 「女神の杵」で一番上等な部屋。そこでワインを傾けながらワルドとルイズは話していた。 「姫殿下から預かった手紙は、きちんと持っているかい?」 ルイズはちょっとふくれた。 当たり前よ。もう子供じゃないんですから。 むしろ不安なのは、手紙を書きながら見せたアンリエッタの表情。 あれはもしかして・・・いや間違いないわ・・・ 「・・・ええ」 「心配なのかい?無事にアルビオンのウェールズ皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」 「そうね、心配だわ・・・」 「大丈夫だよ。きっとうまくいく。」 「そうね、あなたがいれば、きっと大丈夫よね。で、大事な話って?」 ワルドは何処か遠くを見つめている。 「覚えているかい?あの日の約束。ほら、きみのお屋敷の中庭で・・・」 「いやだ、そんな変な事ばっかリ覚えているのね。」 「そりゃ覚えているさ。君はいっつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、デキが悪いなんて言われてた。」 ルイズは恥ずかしそうに俯いた。ワルドは言葉を続ける。 「でも、君は失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを持っていた。 それは、きみが、他人にはない特別な力を持っているからさ。僕だって並のメイジじゃない。だからそれがわかる」 ルイズにはなにがなんだかわからない。 「まさか」 「まさかじゃない。たとえば、そう、きみの使い魔・・・」 「セッコがどうかしたの?」 「そうだ。彼の身のこなし、そして武器をつかんだときに、左手に浮かび上がったルーン・・・ あれは、ただのルーンじゃない。伝説の使い魔の印さ」 「伝説・・・?」 「そうさ。あれは、[ガンダールヴ]の印だ。始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔さ」 ワルドの目が鋭くなった。 「ガンダールヴ?」 「誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」 「信じられないわ・・・」 ルイズは考え込んでしまった。確かにセッコは不思議だ。 変な格好をしているし、異常に目と耳が鋭いし、素早いし、不思議な力を持っている。 命令には忠実だし、悪い奴には見えないが、幼児のように無邪気で適当で残酷だ。 記憶のことも含めて謎が多すぎる。しかし、いくらなんでも伝説の使い魔とはとても思えない。 そういった神聖なものにしては、馬鹿すぎる。 そしてわたし。どう考えても魔法に関しては落ちこぼれだ。考えたくないけどゼロだ。 ワルドが言うようなことはやはり納得できない。 「きみは偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、 歴史に名を残すような、すばらしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している。」 ワルドの表情が熱っぽいものに変わる。 「この任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」 「え・・・」 いきなりのプロポーズに、ルイズは固まってしまった。 「で、でも・・・」 「ルイズ、僕にはきみが必要なんだ」 「ワルド・・・」 ルイズは俯いた。再びセッコのことが頭に浮かぶ。あんなのでも一応男だし、ワルドと結婚してしまったら側においておくのは問題だろう。 その時、わたしのコントロールを離れたセッコはどうなるだろう? セッコに信頼されているらしいタバサか、あるいはオールド・オスマン辺りが手綱を握ってくれるかもしれない。 けれど、もしそれがされなかったら? 理由もなく不安感が募る。でも・・・ 「どうしたんだい、ルイズ?」 ワルドが心配そうに私を覗き込む。 「あの・・・その・・・わたしまだ・・・」 「急がないよ、僕は」 「いえ、あのそういうわけじゃ・・・」 「いいさ、今返事をくれとは言わない。でも、この旅の間に君の気持ちを傾けてみせる。もう寝ようか、疲れただろう」 ルイズは再び俯いた。 ワルドは優しくて凛々しいし、もちろん憧れだ。でも、まだ早すぎる。 特に何か理由があるわけではない、そんな気がするのだった。 その様子を窓に貼り付いて眺めていたキュルケは呟いた。 「随分と純情ねえ、あのワルドって人。」 てっきり押し倒すとばかり思ったのに、残念。 ワルドとルイズがキュルケに観察されていたその頃。 セッコとギーシュとタバサはそのまま酒場で雑談しつつ食事をしていた。 しかし・・・ 「よく、君たちはそんな同じものばかり食べ続けられるねえ、ヒック。」 酒が回ってきたギーシュが辟易とした調子でくだを巻いた。 「そうかなあ。」 「・・・」 甘苦く、なんともいえない匂いが高級酒場の一角に漂っている。 「甘いのもう一皿くれえ。」 「はしばみ草サラダのラ・ロシェール風」 「は、はい。かしこまりました」 ウェイトレスの声もやや引きつっている。 ギーシュは右を見た。 セッコは生地が崩れるほど蜂蜜を塗ったホットケーキを貪っている。 気分が悪くなった。 正面を向く。 タバサがはしばみ草をドレッシングもかけずに頬張っている。 見ただけで口の中が苦くなった。 「もう、勘弁してくれぇ~!!」 翌朝。 目を覚ましたセッコが日課となっているスーツの手入れをしていると、ドアがノックされた。 ギーシュの方を見ると、二日酔いなのか伏せて唸っていた。 仕方なくスーツを着てドアを開ける。 「おはよう、使い魔くん」 ワルドが羽帽子を被って立っていた。 失礼な奴だなあ。部屋の中では帽子を取れよ。 「なんかあったのかあ?」 ワルドはそれには答えず、にっこり笑って言葉を続けた。 「きみは伝説の使い魔[ガンダールヴ]なんだろう?」 なんだこいつ? 「違う。オレはセッコだ」 「いや、そういう意味じゃない。左手のルーンの名前さ。」 「あー。それがどうかしたのかよ?」 そんなにこの印は目立つもんなのか? 確かにスーツの上まで浮き上がってるけど。 面倒なもんなら手袋でもするかなあ。それとも誰かに聞いたのかあ? いくらなんでも昨日今日でタバサが言うわけがねえ。言ったのがヒゲ校長だとしたら最悪だ。 そんな嫌がらせみたいな事ないと思いてえ。 「僕は歴史と、兵に興味があってね。フーケを尋問したときに、君に興味を抱き、王立図書館で君の事を調べたのさ。 その結果、[ガンダールヴ]にたどり着いた」 ・・・手袋決定。今すぐでも欲しい、面倒事なんか大嫌いだ。無かった事にしてえ。 「でだ、あの[土くれ]を捕まえた腕がどのぐらいのものだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」 「てあわせ?」 「つまり、これさ」 ワルドが腰に差した剣と杖のあいのこを引き抜いた。 「今ここでえ?」 「そうだ。この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦だったんだよ。 中庭に錬兵場があるんだ」 「いや、そういうことじゃねえし」 「ん、ああ、大丈夫だ。寸止めするし、きみの心配したようなことにはならんさ」 本当かよ。まあ体動かすのは好きだけどなあー。 「わかったよお」 「それでこそ男だ」 変な奴だなあ。 セッコとワルドは、今ではただの物置と化している錬兵場で向かい合った。 「昔・・・かのフィ・・・王が・・・」 ワルドが何か歴史的なことを言っているが、セッコには当然理解できない。 「でだ、立ち会いには、介添え人が必要なんでね。もう呼んであるが。」 なんかめんどくさい事になってきた。全力で断るべきだったかなあ。 と、物陰からルイズが現れた。 「セッコ!何やってんの!ワルドは味方なのよ!」 はあ? 「いやちげーし!オレ悪くねえ!向こうからやろうってきたんだって!」 「え、嘘、ワルド?」 ワルドは頷いた。 「彼の実力を、ちょっと試したくなってね」 「もう、そんなバカなことやめて。今は任務中よ!」 「そうだね、でも、貴族というやつは厄介でね。強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」 「セッコもやめなさい!」 「ちょっと遊ぶだけだってえ。」 「ああもう、仕方ない人たちね!殺しても殺されても潜ってもダメよ!」 「わかった。」 「ちゃんと加減するから大丈夫だよ。安心して、僕のルイズ」 ワルドは首をかしげた。・・・潜るとは一体? 考えてもわからない。 「では、始めるとするか」 ワルドは腰から杖を抜き身構えた。 セッコは鞘に入ったままの剣を構えた。 「おや、抜かないのかい?」 「加減するつったのはテメーだろお。」 ワルドが電光の様に突きを繰り出す。セッコがそれを力任せに弾き返す。 「たいした怪力だな、だが隙だら・・・うおおおおおっ!」 本来死角のはずの場所へ飛びこんだワルドに、セッコの後ろ蹴りが襲いかかる。 「そうかなあ?」 間一髪で跳び退りワルドが体勢を立て直す。 「やはり、魔法無しでどうにかなる相手ではないか、[ガンダールヴ]よ」 「パワーなら負けねえぜ、多分なあ。」 セッコの単純かつ強力な大振りの攻撃をなんとかかわしつつ呪文を唱える。 これをかわさず受け止めたら、間違いなく杖か腕が折れてしまうだろう。 むしろ、こんな使い方をされて、損傷しない剣の正体の方がワルドには恐ろしかった。昨日見たときは、刃が錆びていたように見えたが。 一体どんな材質に固定化をかければこんな荒っぽい使い方に耐えうるのだろう? 「デル・イル・ソロ・ラ・ウィンデー・・・」 ボンッ! 詠唱が完了し、空気が撥ねた。巨大な空気のハンマーが剣を弾き飛ばし、 セッコ本人をも10メイルほど吹き飛ばして、そこに積んであった樽に叩きつける。樽がガラガラと崩れ落ちた。 ワルドは素早くセッコの剣を踏みつけた。 「勝負あり、だな。きみではルイ・・・」 ドボォッ! だが、ワルドは最後まで発言することができなかった。 セッコの投げつけた樽が今度はワルドを彼方に吹き飛ばす。杖を取り落とさなかったのは奇跡といっていい。 「思ったよりつええじゃねえか、帽子のおっさんよおおおお。」 セッコがゆっくりと剣を拾い上げ、鞘から抜いた。足元の地面が微妙に沈む。 「すまない、舐めすぎていたようだ。今度は全力で行かせてもらうよ」 起き上がったワルドはセッコから距離をとり低く、低く詠唱を開始した。 「ユビキタス・デル・ウィ・・・」 「いい加減にやめて二人とも!秘密任務を何だと思ってるの!」 その様子を見ていたルイズは、慌てて間に割って入り叫んだ。 「うおあ、冗談、冗談だよおルイズ。」 「失礼、ちょっと興奮してしまった」 二人はなんとか正気を取り戻した。 「俺様には、とてもちょっとした冗談に見えなかったけどな」 抜かれたばかりでその前の状況を理解してないデルフリンガーが呟いた。 To be continued…… 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/17.html
(…どうしてよ? くやしかっただけなのに 私は、ただッ…) そろそろ気にしてもいいだろう 召喚した張本人は何をやっているのだろうか? ゼロのルイズこと、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 彼女はペタリ座って事態を静観していただけだったが 決して頭が空ッポなわけでもなかった ルイズは普段バカにされていた 魔法成功率ゼロ%だから「ゼロのルイズ」 なのにスゴク負けず嫌いな彼女は 今回の使い魔召喚でキュルケのハナをアカしてやろうと決意していた それが「鳥の巣」である まあそこまではよかった よくないがよかった まさか自分がいきなり殴られてブッ飛ばされるとは思ってもみなかったのだから そして今、呼び出したあの使い魔が他の皆の使い魔やキュルケをキズつけている よくはわからないが痛そうだ 骨が折れてるかもしれない ふと自分の胸を見る さっき殴られたばかりだったが今やっと気づいた …ン!? えらいことになっている 胸がナイのは元々だ ムカツクが自分でもわかっている 問題にすべきは、胸元にあったはずのマント留めだ 割れてもいないし砕けてもいないが原型を留めていない グニャルンと曲がりくねっている 保存が悪くて液体が染み出してきた粘土細工のように タマゲたことに一部、シャツとも同化しているッ (コレに殴られたキュルケの手は…どうなってるの? まさか…全ッ然、動いていない 中で骨がグチャグチャにされた? あんなの、私の手に負えるのッ…) おそろしかった あれを呼び出したからこんなことになったのだ 爆発ズドンですむような笑い話ではない マント留めが元通りの形に戻るなんて思えない とりかえしのつかないケガをキュルケや他の使い魔に負わせているのだ ルイズの心は罪悪感と「ああ、やっぱりあたしはダメだ」的な敗北感一色に染まっていた クラスメートにはチョットやソットでは懲りない女と見られていたし ルイズ自身も意地だけを財産にしてきたが それも、これでポッキリ折れてしまいそうだった …グス スンッ… (泣くな、私… 泣いちゃ駄目…) それでもポタポタこぼれ落ちてくるのは止まらなかった (…アー、アー、みっともないこと!!) 男の攻撃でまたも地ベタに転がされたキュルケは 生徒達の中で泣いている宿敵に向かってツバを吐いた 血が混じっているので吐き出さないと気分が悪かった (アンタ、やっぱり「ゼロ」なの…? 空イバりだけのくッだらないヤツだったの? ちょっとは見せてもいいでしょ、甲斐性ってやつ) キュルケの多彩な趣味のひとつが ルイズのイヤがる顔を見ることだった だが彼女は極度のワガママでもある 泣き顔を見せられても不愉快千万ッ!! ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ (アンタが私に見せていいのはくやしがってる顔だけよ、ルイズ) だから、あの使い魔を生け捕って目の前で自慢してやる 地団駄踏ませてギャンギャンわめかせてやる これはいい 今から楽しみだッ 「言ったはずですわミスタ・コルベールッ 引っ込んでいろとッ!!」 「…ぬぅッ?」 そんな自分の快楽主義に水を差すタコをキュルケは許さない 再度の突撃で生徒達から離れた男を抹殺すべく コルベールは呪文の詠唱を始めていたのだ 二人、目が合う ギン わずかな睨み合い 平和ボケした貴族にはない眼光 コルベールとてただのハゲチャビンではなかった キュルケも見誤っていたらしい 一瞬気圧されては認めざるをえなかった 「…次で終わりますもの、余計な手をわずらわせることもありませんわ」 「二言はないね、ミス・ツェルプストー」 「くどいですわよ、ミスタ・コルベール」 対等な契約 こんなことになるはずではなかったが 単にそれだけのことだった 次でケリをつければいい、ただそれだけ… ギーシュに目配せをする あれで一応、生徒達の最前列に踏み止まっているのだ 逃げたりはしていなかった だが、言いたいことは山ほどあるらしい 「ミエを張らなくてもそこに立っていられるキミがうらやましいよ、ミス・ツェルプストー 実戦経験が豊富なんだね、よくわかったよ」 「…何が言いたいのかしら、ミスタ・グラモン」 「そんなキミがそれだけこっぴどくやられているんだぞォォーッ あんなパワーにスピードッ 射程距離なんか全然弱点じゃあなかった あの…平民相手に足下を石で固めて何になるっていうんだ すぐに壊して抜けてくるぞッ!!」 ギーシュの言うことは正しい 全身を岩で固めたところで動きを封じられるか怪しい相手だったのだ だがそれでもなお、あの男は「人間」なのだ だから 「あらギーシュ、それがいいんじゃない」 「何がいいもんかっ 早くミスタ・コルベールに任せて…」 「だからサイコーなのよ あのパワーにスピードが…」 ペロッ 自らの上唇を軽くなめるキュルケ 「いいから言われた通りにやりなさい そんなに『あのこと』バラされたい?」 「うぐっ…」 「『足元』よ、しっかり固めてね」 「ち、ちょっと待て、ぬかるみは…」 ハッ!? そのときギーシュは気がついた 『土×2』ッ!! キュルケの背後、数メイルに渡って 広く、きわめて浅いぬかるみに変わっていたのだ 草などはそのままだから、遠くからのパッと見ではわからないッ (いつの間にこんな…まさかッ さっき殴られたとき、スデに詠唱は完了していたのか 火を放ってから殴られるまでツッ立ってたのも これに気づかせないためだったのか 殴られる瞬間に発動することで、あいつはこれを完璧に見逃したッ!!) 「ファイヤ…ファイヤッ」 バフッ バウッ わずかな時間差と方向差をかけて火×1を二発 男に向けて逃げ場のないように撃ち込むキュルケ 「ファイヤ、ファイヤ、ファイヤァァァーッ!!」 ドボォオ 次々撃ち込む もちろん魔法とて代償なしには使えないのだ トライアングルメイジとはいえ、たとえドットレベルでも こうまでむやみに乱射しては弾切れなどあっという間ッ キュルケは殺すつもりで狙い撃っていた どのみち、作戦に失敗すればあの男は死ぬことになるのだ コルベールは優しくないようだから 「さっさと来なさいッ このフヌケぇぇぇぇ――ッ!!」 このモーレツな火球の雨あられに 一度は回避を決め込んでいた男も根負けした 反撃せねば焼き殺されてしまうッ ドムゥ 男の足から土煙が上がり、 そしてまたキュルケは殴り飛ばされていった ドボ ズドッ ドッ ズドボッ 地面上を何度もバウンドし、学園全体を覆う城壁まで飛んで―― ギュン ガシッ ブワワッ 先回りした誰かに受け止められた 青髪メガネの仏頂面ッ そいつは鳥の巣男に劣らない速度で飛び出し キュルケを受け止め見事に減速してみせた 「…あら、タバサ」 「……」 タバサと呼ばれたその女は特に何も言わず 黙ってキュルケに肩を貸す 「ホントにカワイイわね、アナタ♪」 スリスリ そのまま頬をすりつけられると、タバサは嫌そうに顔だけ押しのけた 戻れば決着はついていた ギーシュはうまくやってくれたのだ 二回目の攻撃の時点で足からの着地に成功していた男は 三回目でも問題なく「足から」着地し…その足を固められた 着地というのは足全体をクッションに見立てて行うもの 足首から下をいきなりギッチリ固められた男は全力で前につんのめった 「足首は固まったまま」!! 結果どうなるか 「UGUUUUuuuuuuu…」 そこに全てのパワーとスピードを乗せてしまった男の足首は いともあっさり折れてしまった 「これでもうほとんど動けないって寸法…『無力化』だわね」 これ以上逃げ回ったり抵抗しようというのなら 腕や膝で這い回らなければならないということ 今までより格段にノロければ恐れるに足りなかった 近寄らなければ万事解決…魔法で拘束する手段も、こうなればいくらでもあった 「にしてもブッソーな使い魔だこと 冷静に襲いかかられてたらどうなっていたか…」(トチューでヤル気なくしてたみたいだけど) 「……」 タバサは相槌も打たなかった 5へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1996.html
夜の天蓋が降りた。 ジョナサンと才人の二人はルイズについて行き彼女の部屋で説明を求めた。 「ふーん…じゃああんた達は別の世界の日本とイギリスってとこからきたってこと?」 「そうだよ」 話しは少し前に遡る。 お互い要領を得ない会話で話しが全く進まないため、困っていた才人は何の気なしに窓の外見て、驚愕した。 そこには爛々輝く月があった。 ただし二つ。 空に浮かぶ通常より遥かに大きな月、それも二つ。 月の大きさ程度なら日が沈まない、白夜というものがあるくらいだ。国によってはあるかもしれない。 しかし、どんな場所だろうと月は二つに増えたりしない。つまりここは地球ではなく、異世界だという結論に至った。 こうして滞っていた話はひとつの解を得て進み、現状に至る。 途中ジョナサンと才人の暮らしていた時代が19世紀と21世紀で2世紀違うことが判明したが、まあ異世界に呼ばれるくらいだしと才人が言ったことでさほど問題にならなかった。 「嘘でしょ?」 「マジだって」 「冗談でしょ?」 「だからマジだって」 「本当に?」 「本当にマジだって」 「信じられないわ」 「この現状は俺も信じられないけどマジだって」 しばらくうーんと唸って腕を組んで考えるルイズ。 ジョナサンと一緒にルイズになんとか納得させようと構える才人。 重苦しい空気の中、時計がチクタク針を進める音だけが響く。 ほんの数分のことなのにまるで何時間もたったような感覚にとらわれ始めたところでルイズが口を開いた。 「嘘でしょ?」 「マジだって」 以上をリピート四週したところでやっとルイズが観念して信じるといった。 全く痛い奴ら呼んじゃったわ、といった表情で半信半疑状態だったが。 「それで、僕らを元の世界に返してもらえないか?」 「無理よ」 一刀両断、アヌビス神もびっくりの切れ味だ。 「だってそっちの小さい方は私と契約しちゃったもの、一度契約したからもう動かせないわよ」 お前の方がチビだろ!と叫びたい衝動に駆られるもジョナサンに宥められてなんとか堪える。 「じゃ、じゃあジョナサンさんは?ジョナサンさんはお前とは契約してないんだろ?」 ハッと気づいたように言ってルイズに詰め寄る才人。 「ならせめてジョナサンさんは「それも無理」 言い切る前に切られた。チャリオッツも月までぶっ飛ぶこの速さ。 「なんでだよ!」 「だって召喚した使い魔を返す魔法なんて知らないもの。それにそっちの大きいのも別の世界から来たんでしょ?あんた達の世界とこの世界を繋ぐ魔法なんて聞いたことないもの」 「それじゃあ結局使い魔になってなくても帰れないんじゃないかよ!」 「騒がないでよ平民の分際で」 「なんだと!」 「それに私は契約したあんただけでなくそこのでかい方のめんどうも見ないといけないのよ。むしろ感謝して欲しいくらいよ」 そこでジョナサンは気づいた。 ルイズの言葉に、目に。 (このルイズという子、僕達を人として見ていない……!) ルイズの瞳は冷ややかなものだった。 まるで養豚場の豚を見るような目……とまではいかないが、明らかに道具や動物を見るような目で見ている。 ジョナサンは元の世界では自分も貴族だった。 しかし、今は亡き父の教えでは貴族は誇り高くみな紳士淑女であるべきだと教えられた。 それは平民に対する態度でも同じだと。 (だがッ!この子はッ!自分より下の人間をッ!まるで道具のようにしか見ていないッ!) 「わかったよ…しばらく使い魔になってやる」 「『何なりとお申し付けくださいご主人様』でしょ?」 「……それで、使い魔って何するんだ?」 そしてルイズの使い魔講座で使い魔になることで与えられる能力や使い魔のする仕事の説明がされた。 主人の目となり耳となる能力は才人ではできないようだ、プライバシーを侵害されなくてよかったと思う才人。 「秘薬の材料探しもできない、主人を守ることは…そっちの大きい方は期待できそうだけど…あんたはそんなひょろい体じゃ無理ね…しょうがないから召使の仕事をさせてあげるわ」 完全に上から見た視線で言うルイズの言葉に歯を食いしばる才人。 その様子にふんと鼻を鳴らして、優越感に浸るルイズ。 才人はいい加減耐えかねて叫ぼうとしたところで 「いい加減にしたまえ!」 突然怒号が上がった。 目の前で突然怒号が発せられて飛び上がるルイズ。 怒号を発したのは大きい方―――――ジョナサンだった。 「君は彼をなんだと思っているんだ!突然呼び出し、衣食住をかたに服従を強制する!その上、侮辱した挙句『しょうがないから召使の仕事をさせてあげる』だと!?それではまるで奴隷だ!」 「な、ななななななな、へ、平民の分際で貴族にそんな口叩いていいと思っているの!?」 「そもそもそこだ!貴族は誇り高く、紳士淑女であるべきだ!君は人をまるで道具や動物のようにしか見ていない!君がやっているのは何も知らぬ人間を連れてきて無理矢理働かせる……暴君となんら変わらないッ!!僕はそんな人間を貴族だとは思わないッ!!」 ジョナサンは英国貴族で紳士だ。 父から受け継いだ誇り高い精神を持つ彼はルイズの言葉に我慢がならなかったのである。 ルイズは怒りと貴族ではないと言われたことに真赤になった、今にも爆発しそうだ。 そして何のためらいもなくその怒りを爆発させようとして。 「こ、この――――!」 「もういい!行こうサイト君!」 先に導火線を切られてしまった。 「え、え?で、でもどこに?」 「こんな大きなところだ、彼女の言う平民の使用人もいるだろう。そこに一晩泊めてもらおう」 「ちょ、ちょっと、何を勝手に――――――!」 「失礼するッ!!」 「ま、待ちな」 バタンッ! 慌てて呼びかけるもジョナサンと才人の二人は部屋を出て行ってしまった。 「な、なによあいつら――――――ッ!!!」 叫んだ後、ジョナサンの言ったとおり少々やり過ぎてしまったと後悔するルイズだが謝りに行くわけにもいかない。 むしゃくしゃする気持ちを枕に込めて自室の壁に叩きつけたら壁越しに隣人に怒られてしまった。 そうして使い魔召喚から一日目の夜は更けていった……
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2324.html
「君はコルベールセンセだね! こんなトコで奇遇ですなあ!」 馬に乗っていたコルベールが頭の上から名を呼ばれたのは、その日の昼前のことだった。 ラ・ロシェールを抜け、タルブ村へと続く街道を進んでいたコルベールの前に風竜が降り立ち、その背から見慣れた生徒達が降りてきた。 「そういう君はミスタ・ジョースター! それに……ミス・ヴァリエールにミス・ツェルプストーにミスタ・グラモン! どうしたんだね、こんなところで」 研究旅行という体で一週間ほど前からいなくなっていたことは知っていたが、パッと見でも明らかに研究旅行などと言う大層な旅をしているのではないのはすぐ判った。 メイド連れの上、学院の生徒ではないらしき青年も一人混ざっている。 「そろそろ学院に帰ろうってコトになったんじゃが、近くを通りかかったんでタルブのワインを買い付けようって話になってな。コルベールセンセもワインが目当てで?」 自分から研究旅行なんてうそっぱちですよと豪快にバラすジョセフの言に、ちょっとした苦笑を浮かべながらコルベールは首を横に振った。 「いや、私はちょっと興味深い話を見つけたのでね。『竜の羽衣』というマジックアイテムがタルブという村にあるらしいんだが、それがどんなものかこの目で確かめに来たんだ」 竜の羽衣、という単語を聞いたシエスタが、驚いて声を上げた。 「『竜の羽衣』ですか!?」 「あらシエスタ、あなた何か知ってるの?」 好奇心旺盛なキュルケが、興味津々でシエスタに振り向いた。 「……ええ、『竜の羽衣』は確かに私の村にありますけれど……マジックアイテムじゃないという話なんです。確かに空を飛んでタルブに来たのを村の人達が見てたらしいんですけれど… …それ以来、一度も空を飛んだことがないんです」 視線を彷徨わせながら選び選び言葉を続けるたどたどしさに、沸点がイマイチ低いルイズが眉間に皺を寄せ始めた。 「何よ、随分詳しいじゃない。で、その『竜の羽衣』って一体なんなのよ?」 「ええと、その……私達にもよく判らないんです。私のおじいちゃんがこれに乗っていたんですけれど……こうやって話すより、実際に見て頂いた方が……」 突然の告白に、その場にいた全員の視線が一瞬完全に沈黙する。その沈黙も数秒後、一斉に破られると同時に貴族達の視線がシエスタへ向けられた。 「ちょっと! それをどうしてもっと早く言わなかったの! 今までの苦労は一体何!」 「す、すいませんミス・ヴァリエール!」 「そうよ、そういう代物なら私のツテを使えばどうとでも好事家に高値で売り捌けるのに!」 「君は酷い女だな、ミス・ツェルプストー……」 「まあまあ、これからの話は実際に『竜の羽衣』を見てからでも遅くはないだろう?」 ルイズがブチ切れ、シエスタが謝り、キュルケが早速売り飛ばす算段を始め、ギーシュがあきれ、ウェールズが宥め、タバサは読書を続ける。 「若いっていいよなァー」 「たまには抑えてもらえると有難いんだが」 盛り上がりを見せる若者達の輪を、ジジイとハゲは温かい目で眺めていた。 さてタルブという村は、ハルケギニアに数多く点在するのどかな農村だ。名物はワイン、それもトリステインだけではなく近隣の国でも結構高値がつく上質なワインである。 その為、行商人だけではなく時折貴族が直々にワインを買い付けに来ることも珍しい事ではなかった。 だが、そんなタルブ村でも同じ日に六人の貴族の来訪を受けるのは非常な珍事だった。 しかも彼らがワインに目もくれず、村の近くの草原に建てられた寺院に安置されている『竜の羽衣』を見に行くというのは、かなり有り得ない出来事だった。 「――こいつは……」 寺院を目の当たりにしたジョセフは、身動きもせずにじっと寺院を見つめていた。 「どうしたのよジョセフ」 使い魔が普段見せない不審な様子を目敏く見つけたルイズが、不審げな視線でジョセフを見上げる。 「まあ……見たことのない建物ね。ゲルマニアにもない感じだわ」 キュルケもジョセフの横に立って寺院を一瞥したが、十七年の生涯の中でも目にしたことのない、不可思議な雰囲気の建物だった。 丸木で組み上げられた朱色の門、板と漆喰の壁を木の柱に組み合わせ、屋根は黒い陶器の様な板を何十枚も並べていた。入り口に掛けられた縄から白い紙で作られた飾りが垂れ下がり、中は木の板を敷き詰めた床だった。 「こいつぁ……神社じゃあないか。どうしてこんなところに……」 「ジンジャ?」 思わずジョセフが漏らした単語は、この場にいる誰も聞いた事のない言葉だった。ルイズが訝しげに問いかけるのにもジョセフが振り向かないので、とりあえずチョップを入れた。 「おぅっ、何すんじゃよルイズ!」 「ご主人様を無視するなんていい度胸ね! どうしたのよ一体、こんな妙ちくりんな建物がどうかしたの?」 「ああ……」 不機嫌さを隠さない主人の耳元に自分の唇を持っていくと、そっと耳打ちした。 「……わしの世界にある国の建物に、凄く似てるんじゃよ」 その言葉に目を見開くと、互いの帽子で自分達の顔を隠すように頭を寄せ、声を潜めた。 「……あんたの世界の?」 「ああ……似てるなんてモンじゃない。そのまんまだ」 内緒話を続ける二人を尻目に、キュルケ達は寺院の中へ入っていった。 「じゃあもしかして、『竜の羽衣』って……」 「わしの世界から来た何か、という可能性は非常に強い。それも多分……」 「おーい、二人ともまだ来ないのかい?」 まだ建物に入ろうともしない二人を、ギーシュが呼んだ。 「……とりあえず、見てみるわ。話はそこからよ」 「そうだな」 どちらからともなく頷き合うと、寺院へと足を踏み入れた。 先に入った五人のメイジ達の背の向こうに見えた『竜の羽衣』に、訝しげな顔を隠さないルイズの横で、ジョセフは驚きに目を見開いた。 気のない様子で眺めているキュルケとギーシュ、身を乗り出しがちに見ているのはタバサ、ウェールズ。そしてガブリ寄りで『竜の羽衣』に食いついているのはコルベールだった。道案内をしてきたシエスタは、貴族達から一歩引いたところでそっと控えている。 キュルケとギーシュは一目見ただけで『竜の羽衣』をインチキな代物と判断していた。 「……興味深い」 「ああ……この目で見るまでは信じていなかったが。これは空を飛べる代物と考えていいようだ。だがその為に成立させなければならない条件がかなり大掛かりになるようだが……?」 風のトライアングルメイジであるタバサとウェールズは、『竜の羽衣』が空を飛ぶ為にどういう条件が組み合わせられればよいか、という思考を巡らせていた。 その結果、二人は『これは空を飛べる』という答えには辿り着いた。だがその為に必要とする膨大な風をどう用意するか、という点に辿り着くことは出来ない。 二人が想定するだけの風を発生させるには風のスクウェアメイジが最低二人は必要だが、それなら自分の力で飛べばいいだけだ、という結論に達していた。 コルベールは持ち前の知的好奇心を著しく刺激され、思わず早足になって『竜の羽衣』の周囲を動き回っていた。これを形作るフォルムはハルケギニアの常識からは完全にかけ離れた代物だというのに、そのどれもが研究者としての本能を甚くときめかせた。 風を大きく受けられる頑丈な翼、前方に取り付けられた巨大な風車、奇妙な材質で作られた精巧な円の車輪。『竜の羽衣』を形成するパーツの一つ一つが高度な技術で作られていることに、息を呑む思いで見つめていた。 そんなメイジ達を視界に入れることすら忘れたジョセフは、思わず声を張り上げた。 「ゼロ戦か!?」 濃緑の塗装を施されたその機体は、まるでこの前建造されたばかりのような姿を保っていた。『固定化』の魔法の効果が申し分なく働いていたためである。 思わず駆け出したジョセフはメイジ達を押し退ける勢いで『竜の羽衣』……ゼロ戦に触れた。ゼロ戦を兵器と認識したガンダールヴのルーンが手袋の中で光り、目前にある機体の情報が、ジョセフの頭脳へ一気に押し寄せてきた。 「……は、ははははは……」 見えた答えに、ジョセフは込み上げてくる笑いを抑えようとはしない。 ジョセフ以外の面々は、突然の奇行に戸惑うしか出来なかった。 「ど……どうしたんだねジョジョ。こんな、カヌーに翼をつけただけのインチキな玩具がどうしたというんだ?」 ゼロ戦とジョセフに忙しなく視線を往復させながら、ギーシュが恐る恐るジョセフに問いかける。 「そうよダーリン、こんなものじゃ空を飛べないわ。翼だって羽ばたくようには出来ていないし……こんな小型のドラゴンほどもあるモノが空に浮かぶなんて有り得ないじゃない」 キュルケも戸惑いつつギーシュの言葉を続ける。彼女もまた、これが空を飛ぶだなんて頭から信じていなかった。 「ちょっとジョセフ、これがどうしたのよ!? 笑ってないで説明しなさいよ!」 ルイズもまたそれは同じようで、笑い続けるばかりのジョセフのシャツの裾を掴んでぐいぐいと揺らして問い詰める。 「はははははっ……まさかとは思ったが、こんな所でこんな代物に出くわすとはなッ……。長生きはしてみるモンじゃあないかッ……」 若い頃の夢はパイロットだったジョセフにとって、第二次世界大戦の名機の一つであるゼロ戦を知らないという事は有り得ない。 しかもそれが博物館に展示されているレプリカではなく、現役の姿そのままの完動品として目の前に現れた。飛行機マニア垂涎の代物を目前にし、ジョセフが歓喜してしまうのはむしろ自然なことであった。 普段の飄々とした彼とは大きくかけ離れた振る舞いに戸惑うメイジ達にも構わず、ジョセフは喜びを隠そうともせず大きく腕を広げて一同に振り返った。 「こいつは飛行機だ! しかもこいつ、動く! 動くぞッ! コイツに燃料さえ入れてやればナンボでも飛ぶんじゃぞッ!」 突然そんな事を言われても、ジョセフ以外にはその言葉の真偽を判断する術がない。だがコルベールはいち早く、メイジとしての理性ではなく、研究者としての感情に判断を委ねた。 「これが飛ぶのか! 本当に飛ぶんだね、ミスタ・ジョースター!」 「ああ! コイツの中にあるエンジンがプロペラを回す! プロペラが回ったらすげェ風が吹くから、その風を受けて飛んでくれるッ!」 「なんと! こんな巨大なモノを飛ばせるだけのエンジンだというのかね!? では燃料を早く用意しなければなるまい、一体どんな燃料が必要なんだね、万難辛苦排してでもこの炎蛇のコルベールが用意させてもらおう!」 「その燃料なんじゃが、もしかしたらセンセでも知らんようなモノかもしれん。ちょっと待ってくれよ……」 コックを開けたタンクの底には、ガソリンがほんの少し残っていた。固定化の魔法はタンクに少しだけ残っていたガソリンにも影響を及ぼしており、四十年以上の時間を経ても化学変化していなかったのである。 コルベールはタンクの底を指でなぞり、指先に付いたガソリンを嗅いだ。 「ふむ、嗅いだ事のない臭いだな。熱を加えなくてもこれほど臭いを感じるとは、随分と気化し易い性質のようだ。これを爆発燃焼させて動くとすれば……私の作ったエンジンなど比べ物にならない大きな力が出るか。なるほど、それなら『竜の羽衣』が飛んでも不思議ではない」 「コイツは石油を精製して作るんだが、ハルケギニアって石油ってあるんか?」 「石油?」 「ええとだな、地下から湧いてきて燃える黒い水、って代物に覚えは?」 若者をほったらかしてジジイとハゲだけが盛り上がる最中聞こえた言葉に、タバサがぼそりと呟いた。 「それなら聞いた事がある。ゲルマニアの北部で『燃える水』をランプの灯りとして使っていると聞いた」 両手を固く握り締めて、両腕を肘ごと後ろへ勢い良く振ってガッツポーズをするジョセフ。 「よしッ! ソイツを精製したらガソリンが出来る!」 「本当かね! ならばそのガソリンを用意すればこれが飛んでいる所を見れるというわけか……! いいだろう、それでどのくらいのガソリンが必要なのかね!?」 「コイツのタンクの容量から言うと……ええと、ワイン樽で五本はいるな」 「なんと! そんなに必要なのか! だが取り掛かってみる価値はある、実に面白い!」 そこからのジョセフとコルベールの行動は迅速だった。 まず『竜の羽衣』を譲り受ける為、シエスタの生家に向かう。 今は飛ばないとは言え、タルブ村の観光資源であり、飛んでいる所を目の当たりにした村の老人やらが手を合わせたりしているということだった。 が、シエスタがジョセフを「学院で世話になっていてよくしてくれている人」と紹介したところ、現在の持ち主であるシエスタの父親は二つ返事で了承したのだった。 続けて2トン弱ある機体を運搬する為に、竜騎士隊とドラゴンをギーシュの父のコネを使って用意した。運搬料として発生したかなりの金額は、コルベールが全額受け持ってくれた。 さて蚊帳の外にほったらかされた若者達はジジイとハゲが駆けずり回っている間、二人をほっといてワインの買い付けに向かっていた。 ひとまず竜の羽衣を譲り受ける算段がついたジョセフは、シエスタの案内で祖父の墓に参ることにした。自分と同じ地球からやってきた先輩に手を合わせよう、という殊勝な気持ちになるのは、ジョセフと言えどもおかしいことではない。 祖父の墓はジョセフの予想通り、日本由来の縦長の墓石であり、そこに刻まれていた墓碑銘は読めなかったものの、漢字とカタカナ混じりの字は日本語であることは明らかだった。 「おじいちゃんが、死ぬ前に自分で作った墓石なんです。異国の文字で書いてあるので、誰も銘が読めなくて……何と書いてあるんでしょうね」 「ふーむ。日本語は話せるが読めんのじゃよなぁ……。ニ、とルだけは読めるな……」 マンガ収集が趣味のジョセフだが、良質なマンガが多く出ている日本のマンガは英訳されるのを待っている。最新のマンガをいち早く読めるメリットと、「悪魔の言語」と称されるほど難解な言語を覚えるデメリットを比べたら、デメリットの方が圧倒的に大きかったのだ。 「ニホン語、ですか?」 「ああ、わしの娘が嫁いだ国で使われてる言葉だ。お前のお爺さんはそっちから飛んできて、こっちに来たと言うワケだな。その黒い髪と目は、お爺さん似なんじゃろ?」 「あ、はい。ご覧になってもらった通り、家族みんな目も髪も黒くて。遠くから見たらすぐに家族の誰かだって判るんですよ」 うふふ、とたおやかに微笑むシエスタが、遺品を包んだ布を解く。そこから現れたのは古ぼけたゴーグルだった。これもまた固定化の魔法を受けていて、少し使い古してはいるが十分に実用に耐えうる状態を保っていた。 「おじいちゃんの形見はこれだけなんです。十年前に亡くなったんですけど、日記も何も残さなかったみたいで……遺言とこのゴーグルだけ残したんです」 「遺言?」 「はい、あの墓石の銘を読める人が来たらその人に『竜の羽衣』を渡してくれって。銘は読めなくても、またあの『竜の羽衣』が飛べるかもしれないなら、お渡ししてもいいって父も言ってましたし」 「ふーん……あと十年ほど頑張って欲しかったがなァ。そしたら、せめて世間話も出来たかもしれんが……けどワシ、イギリス系アメリカ人じゃしなー。鬼畜米英とか言われてケンカになっとったかもしらんな」 またよく判らない単語が聞こえるのに、曖昧な笑みを浮かべるシエスタを見たジョセフは、(やっぱり日本人ってどこでもこういう感じになるんかなー)と内心感心していた。 「それで……お渡し出来る人には、こう告げてくれと言ったんです。なんとしてでも『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しい、って。どこの国の陛下なのか判らなかったんですけど……ジョセフさんの娘さんのいる国の陛下なんですね」 「ああ、今もその国の陛下は生きとるしな。じゃが早いトコ行かんと、ちょっと危ないかもしらんなァー」 ジョースター一行がDIO討伐の為日本を離れたのは、1988年の末の事だった。時折見るTVニュースに天皇陛下の病状が出ていたが、果たして年も明けて数ヶ月経った今、まだ今の天皇は生きているのか、それとも皇太子が皇位を継いでいるのか。 「とりあえず、地球とハルケギニアの時間の流れ方はそんなにズレちゃおらんと考えていいようだな……シエスタ、このゴーグルも貰っていいか」 「あ、はい!」 受け取ったゴーグルを試しに着けてみる。 全体的に小柄な日本人サイズのゴーグルは、欧米人でも大柄な部類に入るジョセフの頭には少々小さかったものの、何とか問題なく装着することが出来た。 「似合うか?」 「はい、よく似合ってますよ」 「よし、それなら問題ナシッ」 それからジョセフはシエスタに案内され、村の周辺を歩き回った。 ブドウ畑やワイナリーを見て回った後、シエスタが「私の一番のお気に入りなんです」と、嬉しそうな足取りでジョセフを連れて行ったのは、村の側にある草原だった。 なだらかで平坦で、とても広大な草原だった。確かに飛行機を着陸させるには申し分のない場所だ。青々とした草の上をそよ風が渡れば、心地よい葉ずれの音を響かせて草が波打つ様は壮観と言っていい。シエスタの一番のお気に入りというのも、頷ける光景だった。 「のどかでいいトコじゃなー……」 「はい、私の自慢の故郷です。ブドウもワインもこの草原も……」 それからしばし、二人は無言で草原を見つめていた。 (……スージーQにホリィに承太郎、ポルナレフ……みんな、元気だろうか) 普段は望郷の念は億尾にも出さないジョセフだが、それでもこうして地球に残してきた家族のことを忘れることはない。 今すぐ帰れなくとも、せめて自分は元気にやっていると一言伝えられればもう少し安心は出来るのだろうが、それすら難しいのだろう。 シエスタの祖父は太平洋戦争の最中、何らかの原因でハルケギニアに来てしまい――それから三十年、この地で生きて、没した。 では自分は、あと何年ハルケギニアで生きていられるのだろうか。今年で69歳の自分は、果たしてあと何年、まともに動くことが出来るのだろう。 基本楽観主義なジョセフではあるが、現実を見ないこととはイコールではない。老いると言う事がどう言う事か、自分の身や周囲の人間を見ているから十分に理解している。出会った時はチビのスリだったスモーキーも、今では立派にジョージア市長やってるジジイだ。 「なあシエスタ。もし、わしが今よりもっとジイサンになって、使い魔がロクに出来んようになったら……この村に住むのも悪くないかもなあ」 普段のジョセフには似合わない類の言葉を聞いてしまったシエスタは、思わず目を丸くしたのだが。 「三十年後に備えて、どっか良さそうなトコに家を用意しとくのもいいかもしれんな」 ニヤリと笑って言った言葉に、シエスタはさっき丸くした目を、困ったように細めた。 「あと三十年現役でいるおつもりなら、もうしばらくは大丈夫ですよ」 * その日の夕方。 一行はシエスタの実家に泊まることになった。 上物のワインを樽単位で買っていく貴族達が泊まるというので、村長やワイナリーの主人までもが挨拶に来たりする騒ぎであった。 シエスタを頭に八人の兄弟姉妹と両親が住む家はそれなりに広く、板敷きの床の上に布団を敷けばひとまずベッドに貴族全員を寝かせることは可能である。 固さはどうあれベッドで休めるのは有難い。それぞれ宛がわれた部屋で腰を落ち着けていると、夕食の準備が整うにはまだ少し早い頃合、ルイズとジョセフがいる部屋のドアがノックされた。 ルイズはベッドに寝転んだまま、横に寝転がっているジョセフの背を指でつついて、無言で(誰か来たわよ)と横着を決め込む。 「どちらさんかな?」 ジョセフも主人に倣って横着して、ベッドから起き上がらずに首だけドアに向ける。 「すまないが、二人とも話したいことがあるんだ。少し来てもらいたいんだが」 ドアの向こうからコルベールの声が聞こえてきた。 『竜の羽衣』を前にしていた時のはしゃぎっぷりとは異なる静かな口調の言葉に、ジョセフとルイズは枕元に置いていた帽子を被りつつ、ベッドから起き上がる。 「判りました、ミスタ・コルベール」 ベッドから降りたルイズとジョセフは扉を開け、コルベールに導かれるまま家を後にする。 三人は特に口を開かないまま、村の道を歩いていく。普段と違うコルベールの様子からして、あまり人気のある場所でしたくない類の話があるということは察していた。 やがてコルベールの足が止まったのは、昼間にジョセフがシエスタと来た草原に着いた頃だった。西の稜線に差し掛かった夕日に照らし出された草原は、濃い蜜柑色で彩られて昼間とは異なる雰囲気を醸し出す。 この美しさに感嘆の声を上げたのはルイズだけで、ルイズを挟む形で立つコルベールとジョセフは草原を見つめたまま無言を貫いていた。 「……で、センセ。話ってのはなんですかな?」 夕日の色が僅かに変わった頃、ジョセフがコルベールを見やる。 言葉を促されても、まだコルベールは躊躇うように視線を草原に向けていたが、やがて意を決すると二人に向き直った。 「――何故私が『竜の羽衣』の伝説に行き当たったか。まずそこから話させてもらいたいが……いいかね?」 「晩飯に間に合わせてくれれば文句はありませんわい」 「……そうか。では出来る限り、努力するとしよう」 一つ息を吐くと、コルベールはゆっくりと話し始めた。 「私は、ミスタ・ジョースターの言う異世界に関係のありそうな書物を探した。その中にあったのが、『竜の羽衣』の伝説だ。その真偽を確かめようと、このタルブ村にやってきて今に至る……ここまではいいね?」 訝しげな視線で自分を見ている二人が特に言葉を挟まないのを確認すると、コルベールは言葉を続ける。 「『竜の羽衣』はタルブ村に降り立ったのとは別にもう一つあった。そしてそのもう一つは空を飛んだまま、日蝕の作り出した輪の中に飛び去ったと記されていた」 「なんじゃと!? もしかして、そのもう一つの『竜の羽衣』は……」 「ああ。異世界から何らかの要因によってこちらに二つの『竜の羽衣』がやってきたが、片方は通ってきた道を戻って帰る事が出来たのだろう。だがもう一つ、こちらに降りてしまったのがタルブ村の『竜の羽衣』という事だな。 私も直接この目で見て、ミスタ・ジョースターの話を聞くまでは信じ切れていなかったが、どうやらそう考えることに疑いはないと見ていい」 まだ話の全容が理解できていなかったルイズだが、ここまで来ればコルベールが何を言いたいのかを察することは出来る。鳶色の両眼を大きく開けて、教師を見上げた。 「――もしかして、ミスタ・コルベール! 『竜の羽衣』があれば……ジョセフは、元の世界に帰る事が出来るんですか!?」 驚きの声を上げるルイズの視線から逃げるように、コルベールは顔を背けた。 「……ああ。私の仮説が正しければ……きっと日蝕が異世界とこちらの世界を繋ぐ扉の役割を果たしているのだろう。『竜の羽衣』がもう一度空を飛べれば、あるいは……」 唐突にコルベールが言葉を途切れさせた。 これから先、言わなければならない言葉を発するのは躊躇われた。 だが言わなければならない。 二人に言わず、何も知らない振りをしてやり過ごせばいいのかもしれない。そうするのが一番ベストだとは判っている。だが、それでも。 見つけてしまった真実を告げなければ、この二人に与えられた選択肢を一人で握り潰すことになってしまう。 知らず乾いていた喉を濡らすべく唾を飲み込むと、改めて二人を見つめた。 「……だが、幾つか重大な問題がある。ミス・ヴァリエール――使い魔の原則は知っているだろう?」 不意に告げられた言葉の意味を理解してしまったルイズは、言うべき言葉を見失った。 呆然と立つルイズに悲しげな目を向けながらも、教師は意を決して真実を続けた。 「一人のメイジが召喚できる使い魔は一体だけ。その契約が破棄されるのは、メイジか使い魔のどちらかが死に至った時のみ。これに一切の例外はない」 「ちょ、ちょっと待ってくれッ! それじゃあッ……」 ジョセフも、コルベールが何を言わんとしているか理解できた。 コルベールは何かを言おうとしたジョセフへ手を翳して制止すると、静かに言葉を紡ぐ。 「もしミスタ・ジョースターが元の世界に帰れば、ミス・ヴァリエールはミスタ・ジョースターが死ぬまで新たな使い魔を召喚することが出来ない。いや、もしかしたら召喚のゲートが開くかもしれない。 しかしその場合でも、ゲートが開かれるのはミスタ・ジョースターの前だろう。 そして、私が君達に言わなければならない事がもう一つ、ある」 突如残酷な選択肢を突き付けられた二人にとどめを差すような心持ちで、コルベールは静かに言葉を発した。 「私が先程計算したところ……次の日蝕は五日後の正午。その次の日蝕は……十年後、なんだ」 To Be Contined → 戻る